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「産む男」たちが高校生活で狙うはお嫁さん『白馬のお嫁さん』の話

時は2063年。今より半世紀先の未来。技術の発展により種々の問題は解決し、そしてその技術によってまた別の問題が生まれている、そんな時代。15歳の氏家清隆は、極端にリスクを嫌う性格を直すために父親から一人暮らしを強いられ、北海道は礼文島から神奈川にまで出てきた。到着早々に降られた雨にずぶぬれになり、慌てて寮の浴場へ駆け込めばそこにいたのは、女の子の見た目をしていながら股間に男性でも女性でもない謎の性器をぶら下げている全裸の三人。聞けば彼らは、遺伝子デザインによって生み出された「産む男」なのだという。ひょんなことから寮を出て清隆の父が所有するシェアハウスで同居をすることになった四人。清隆の、そして「産む男」たちの明日はどっちだ……

白馬のお嫁さん(1) (アフタヌーンKC)

白馬のお嫁さん(1) (アフタヌーンKC)

ということで、庄司創先生の新作『白馬のお嫁さん』のレビューです。技術の発達により遺伝子操作が当たり前のものになった近未来を舞台にして、わりと下品な、どれくらい下品かと言えば連載開始3pの見開きで謎の性器を股間にぶら下げた全裸の三人(モザイク処理済)とこんにちはするくらいのコメディでありながら、人間の自然に由来する価値観を揺さぶる遺伝子デザインという技術にまつわる問題を物語の土台に据えている、挑戦的な作品となっています。
「産む男」。それは、遺伝子デザインの結果生み出された、女性と性行をして自ら妊娠できる男性。膣と精巣はもつが卵巣はもたず、謎の性器であるところの"竿"(非男根)を相手の女性器に挿入して卵子を得て、今度はそれを自らの膣に戻すことで精子との受精が行われ、妊娠することができる。
その人の性的嗜好性自認がなんであれ、「あ〜あ お嫁さんがほしい」と本気で考える女性のニーズに応えるべく生み出されたのが、彼ら「産む男」です。女性がほしがっているのはあくまでお嫁さんなので、「産む男」の見た目は女性。見た目は女性的で妊娠もできる、でも精巣も持つ、という両性の特徴をもつ人間ですので、男女の区別をどこでしているのといえば遺伝子。男性に固有のY染色体を持つというその一点で、彼らは「彼ら」なのです。
で、そんな彼らと新連載3p目で衝撃的な出会いを果たしたのが、礼文島からやってきた男・氏家清隆です。彼は彼で、遺伝子デザインを施された人間。その理由は「親から遺伝しやすい病気の予防」という「一番よくあるやつ」で、見た目等にその影響はないものの、極端にリスクを嫌うという性格にその副作用が出てしまいました。その性格を治すべく親元から一人離れて関東まで出てきた彼が、ずぶぬれになりながら入った寮の浴場で全裸の美少女(股間に謎の性器つき)と出会った時の衝撃はいかばかりだったでしょうか。「間違えて女子風呂に入った→弁解しても全員を説得できないとアウト→学校外での不祥事→即逮捕&退学→若者に破滅スパイラルが押し寄せる現代社会→野垂れ死」と絶望的な想像をしてはらはらと落涙するのもむべなるかなというものでしょう。そうか?
とまれ、そこにいた「産む男」たちは、志村主馬、鮭延正臣、北楯学の三人。見た目は三人とも美少女だけれど、三人とも股間に"竿"をぶら下げています。風呂から出るわけにもいかず、文字通り裸の付き合いで清隆が三人から聞いたことには、彼らはWOLVSという民間団体の出身で、世界七か国に支部のあるその団体は「産む男」たちの思想を支持し、実際に「産む男」たちを産み育てていました。ですが「産む男」まで大胆な改造をする遺伝子デザインは現実として違法であるため、WOLVSは秘密裏に彼らを生み出して時期を見て公表するつもりだったのですが、公表前に摘発を受けて解体、「産む男」たちはその存在を曖昧にされたまま社会に放逐されてしまった、というのです。
WOLVSの東京支部にいた主馬らはなんとか高校入学にまでこぎつけたのですが、そんな彼らの夢は「頼もしいお嫁さんと結婚する」こと。生い立ちとその体から、「メチャクチャ子どもが大好き」なので、家庭に入って誰かの子供をぽんぽこ産んで育てたい。でも、そのために当然相手を見つけなばならないけれど、生い立ちが生い立ちだけに懐事情は厳しく、また世界に冠たる不景気先進国となっている日本では大学への進学が非常に難しい。なものだから高卒にならざるを得ないけれど、それで社会に出ても、専業主夫と何人もの子どもを養えるような頼れる女性と出会える確率はぐっと小さいものになってしまう。また、若い女性の方が固定観念にとらわれず「産む男」を真剣な結婚相手としてみてくれやすい。この二点から、主馬らは高校生の内から嫁さがしに奔走しているのです。
さて、性格を直すために島から追い出された清隆ですが、その性格ゆえに島に帰りたくて仕方がありません。リスクと危険のない平穏な生活。東京の一人暮らしよりは故郷での生活の方がそれは得やすいもの。しかし父親はそれを許さず、帰郷するのに条件を付けました。それが、嫁を島に連れて帰ること。つまり、主馬らと清隆は、高校在学中に何とかお嫁さんを見つけるという点で目的が一致しているのです。
折悪しく発生していた豪雨により裏山の地滑りが発生、寮が全壊し、行き場を失った四人が行き着いたのが、清隆の父親が経営しているシェアハウス。こうして、白馬に乗ったお嫁さんを探す四人の生活がスタートしたのです。


技術が今より進んだ近未来の物語。でも、技術の発展と価値観の変化は必ずしも軌を一にして進むわけではなく、それはたとえば、卑近な例では楽曲販売のレコードからCD、そしてデジタルデータへの変化、紙と電子書籍どっちがいいかという問題などがあり、クローン技術や出生前診断のように生命の意義などにもかかわってくる極めて複雑な問題もある、現代でも存在する話です。
遺伝子デザイン。それは生まれてくる人間をどのような人間にするかあらかじめ決めるものであり、果たしてそれは許されるものなのか。許されるとしたら範囲や程度はあるのか。誰がそれを決定できるのか等、問題はいくらでも湧いてきますし、その答えは暫定的なものを積み上げていくしかないのです。実際に作品中では、清隆のような病気の予防はのためなら適法でも、「産む男」のような大幅な改造を施す遺伝子デザインは法的に禁止されています。物語から数十年後、数百年後先にはどうなるかわかりませんが、2063年では、遺伝子デザインの線引き、すなわち価値観の線引きはそのあたりでなされているのです。
その線がどちらへ振れていくかは未知数。主馬らはその未知数の中で生きるしかありません。ですが彼らは、その未知数を極めて前向きに受け容れて、お嫁さん探しに邁進します。それは打算的でもあり、同時に本能的なものであり、将来への道筋。マイノリティであることを自覚しながら、それがどうしたてといわんばかりに嫁さがし。ポジティブ。
で、彼らと同居する清隆は、正反対のリスク恐怖症。ヒヤリハットを見つけさせたら天下一品の弱気人間で、嫁さがしをしている自分の前に奇跡のように似つかわしい女性が現れても、ヘタレヘタレ&ヘタレで、自分以外の人間が出した最適解をほしがってしまうような男です。そしてどうやら、清隆にも遺伝子デザインに絡んだ秘密がまだありそうで、お嫁さん探しは前途多難な様子。
彼と彼らの出会いは、お互いににどのような影響をもたらすのでしょうか。デリケートな問題とそれを彼方へ放り投げるような豪快なギャグのバランスがなかなかにステキで、今後どういう展開になるのか、期待が高まります。
第一話がこちらで試し読み出るので、どうぞー。
モアイ-白馬のお嫁さん
P.S. 帯に雨隠ギド先生が推薦文を寄せているのですが、そこで描かれている主馬たちちょうかわいい。


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