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『きみはスター』『ひばりの朝』ヤマシタトモコの描く二つの優越感の話

先日レビューをしましたヤマシタトモコ先生の『運命の女の子』。
彼女らはそれに乗るのか、抗うのか 『運命の女の子』の話 - ポンコツ山田.com
そこに収録されている『きみはスター』の中で、ちょっと気になったコマがありました。

(運命の女の子 p113)
これの何に引っかかったかと言えば、表情。別の作品で似たような表情を見た覚えがあったからです。
それがこちら。

ひばりの朝 1巻 p117)
潤んだ瞳。下がった眉尻。紅潮した頬。僅かに開いた口。少しく上向いた頤。
どうでしょう、私はこの両者によく似たものを感じました。
『きみはスター』の小高ゆかりと、『ひばりの朝』の美知花。二人が見せたこの表情、一言で表せば、優越感、でしょうか。
それぞれのコマの文脈を説明しましょう。
前者の小高ゆかりは、高校の学年で三本の指に入る成績上位者。容姿も端麗で社交性も高く、周囲からの信頼も厚い生徒です。そんな彼女がこの表情を向けているのは、クラスメートであり同じ演劇部でもある井上公子。成績はゆかり以上にいい彼女ですが容姿は十人並みで、性格も少々とっつきにくい。けれど公子は、部内一のイケメンにして、学力も二人と肩を並べる生徒・甲斐谷開から惚れられているのです。そのことに戸惑い、現に開から告白されてもうまくその事実を飲み込めない公子。そこへゆかりが公子の心を揺さぶるような話をしたら、どぎまぎしながら公子は、ゆかりへの憧憬を口にしました。引用した画像は、その言葉を聞いた時のゆかりの顔です。
後者の美知花。中学生の彼女もまた、社交性が高く容姿も優れているクラスの人気者。思っていることを表に出さない性格と、中学生にしては肉感的な身体のせいで孤立しがちな主人公のひばりに、唯一積極的に話しかけている生徒です。しかし彼女の内面には、他者に対して上位の立場にいたいという欲望があります。誰かから褒められる。誰かから頼られる。誰かから好かれる。そういう立場にいることで、相手から信頼を得て、相手の秘密を共有し,仲を深めるというサイクルを繰り返します。彼女は、ひばりにもそのサイクルを生み出そうと会話を続けていたのですが、いまいち面白い話が出てこず退屈を感じていました。しかし、そこで思いもよらず飛び出てきたのが、ひばりが父親から性的虐待(らしきもの)を受けているという告白。それを聞いて美知花は、この表情を浮かべたのでした。


さて、私は二人の表情から感じるものとして優越感という言葉を使いました。
優越感。自分が相手より上にいるという気持ち。しかしここには、二通りのニュアンスがあると思います。
一つは、自分を上げることで自分が上だと思う優越感。それがゆかり。
もう一つは、相手を下げることで自分が上だと思う優越感。それが美知花。
感情の方向は逆ですが、敬語表現の尊敬語と謙譲語みたいな感じでしょうか。対象を上げることで敬意を表す尊敬語と、自身(動作主)を下げることで対象への敬意を表す謙譲語ということです。
優越感に話は戻りますが、相対的に自分が相手より上にあるという点ではどちらも同じですが、その位置関係に収まるまでに過程が異なるのです。
ゆかりの状況についてもっと詳しく説明しましょう。前述したように、彼女は部内はおろか校内の人気者ですが、彼女が自身を評価することには、「まわり気にして自分の意見言えないし …そもそも別に自分の意見なんてない」、「特別好きなものも嫌いなものもな」い「つまんない人間」で「ほんとは嫌な奴」。これはあくまで、高校時代の彼女が他の人間もいる前で公子に向けて発した言葉なので、そっくり額面通りに受け取っていいものではないでしょうが、まったくの出まかせというわけでもないと思います。なぜなら、人気者の彼女も内心では、公子や開に憧れを抱いていたから。あるいは、妬みを。
彼女は公子に言います。

カイくんが公子ちゃんのこと好きだって聞いて「なんで公子ちゃんなんだろう」って思った
カイくんはいったい公子ちゃんのどこがそんなにいいんだろうってずっと考えてた 
…ずっと考えて
……考えてたらわかったの
(運命の女の子 p108,109)

このシーンは部室内でのものですが、彼女は他の部員、なかんずく開がこの会話を聴いていることを重々承知して、というよりも聴いていることを確認したうえで、上の言葉を発しました。
この時ゆかりは、隣で作業をしていた公子の指に自分の手を触れさせるなどして、明らかに「考えてたらわかった」ことに恋愛感情のニュアンスを込めています。少なくとも、自分以外の人間がそう受け取れるような素振りをしています。
開とゆかり。二人とも公子に対して好意の言葉を送りました。けれどその反応は対照的で、明確に拒絶を示された開と、戸惑いながらも肯定的な反応を返されたゆかり。
この対照にもっとも傷ついたのは、当然のことながら、開でした。自分の好意は無碍にされ、ゆかりの好意は受け容れられる。年頃の男の子がそれを笑って許せるわけがありません。激昂した開は言い放ちます。

きみはゆかりの言うことなら本気にとるのかよ
ぼくが何をしても無関心なくせに
フェアじゃないだろ ぼくは本気で言ってるのに き みも断るなら…
…断るならはじめから …正直に言うべきだ 「小高ゆかりが好きだから」って
(同書 p110,111)

開の言葉に虚を、そして隠していた気持ちを衝かれた公子は、口ごもりながら、照れながら言います。

ち ちがう わたしは
こ 小高さんみたいな人に なりたいと思っ…
……だけで……
…………
(同書 p112)

さあ、ここで最初に引用したゆかりの表情が出るのです。
彼女が真に公子を好きなのか。それについては、明確にはわかりません。ただ、私はどちらかといえば否であると考えます。彼女が本当に気にしていたのは、開。ただしそれもやはり恋愛感情ではなく、尊敬、憧憬、空に浮かぶスターを見上げる気持ち。そんな開が好きだった公子に自分は好かれている。「つまんない人間」である自分が、「才能のある人」であるところの開に好かれている公子に好かれている。恋愛感情で人間に上下が生まれるわけではありませんが、この時のゆかりにはきっと、自分が公子の、そして開の上に立てたという気持ちがあったと思うのです。
大人になった時間軸で、ゆかりは言います。

カイくんみたいな才能ある人に好かれてた… 今は本人も才能にあふれてるそんな人のそばにいられるんだもの
……カイくんにはわからないわね
(同書 p114)

この言葉からは、高校時代のゆかりが当時の公子に対して才能を感じていなかったことがうかがえます。ここから私は、高校時代のゆかりの公子への告白は、彼女への恋愛感情ではなく、それを経由して開を上回る優越感が強いと考えるのです(公子と同棲している現在の内心までは、はっきりとしませんが)。
これが、「自分を上げることで自分が上だと思う優越感」です。


さて、美知花の方を考えてみましょう。
こちらの方が話はわかりやすいです。他人の不幸を「ミツのアジ」として密かに楽しむ美知花は、前述したように友人らの信頼を勝ちえて悩み打ち明けてもらい、お互いの親密感を深める一方で、教えてもらったそれを舌の上で舐るようにして暗い甘美さを味わっています。
美知花が舐めている「ミツのアジ」は、相手が美知花だからと信頼を置いたうえで話してくれるものです。そしてこの信頼は相互的なものではなく、相手からの一方的なもの。いくら美知花が相手の望むことを言い、それによって相手が美知花のことを信頼しても、美知花自身にとっとそれは、相手からミツを吸い上げるための方便に過ぎません。口先でしかない美知花の言葉にころっと騙される級友らは、「ちょろい」の一言で済まされるような人間なのです。
友人が美知花に悩みを打ち明けるのは美知花を信頼した証拠。けれど美知花は相手をミツとしか思っていない。所詮、ミツ。所詮、私の娯楽。美知花の内心にある上下関係が、ありありとわかります。
気ままな蝶のように、花を渡り歩いてミツを求めていた美知花。たまたまとまったひばりという花は、一見たいしたミツがなさそうであったものの、探ってみたら「セーテキギャクタイ」という特大のミツが隠されていたのです。これに美知花が喜ばないわけがありません。人の悩みを聞いているのだから、本来出してはいけない顔。にも関わらず、あまりの甘さについ出てしまったもの。それが美知花のあの表情でした。
自分は一切そんなことは思っていないのに、一方的に信頼を向けてきた相手に向けた、昏い喜びの表情。それが美知花の見せた優越感であり、「相手を下げることで自分が上だと思う優越感」なのです。


というような具合で、『きみはスター』と『ひばりの朝』から考えた、二つの優越感でした。
しかしこの二作品を読み返して思いましたが、ヤマシタ先生は複数のキャラクターの心情が交錯している様子を描くのが、絶妙に巧いですね。一回読んでぱっとわかるのではなく、何度も読んでいく内に解けるようにして見えてきたり、その中で依然感じたのとは別の見方が浮かんできたり。
そりゃあ何度も読み返してしまうわ。



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