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漫画の話です。

少女と黒猫(?)のかわいくも不穏な日々『黒−kuro−』の話

広い洋館で一人暮らす少女ココ。でも彼女は寂しくない。愛猫のクロがいつもそばにいてくれるから。クロは、ある日姿を消して、戻ってきてからちょっと雰囲気は変わったような気もするけど、クロのおかげで毎日が楽しい。
けれど彼女に見えていない世界には、怪物におびえて暮らす人々がいる。気づかないがゆえの、平穏な生活。それは幸せなのか。それとも……

黒─kuro─ 1 (ヤングジャンプコミックス)

黒─kuro─ 1 (ヤングジャンプコミックス)

ということでソウマトウ先生『黒』のレビューです。少女と小動物の爛漫な日常と、その外側にある町、謎の怪物に日々脅かされている「恐怖し絶望」せずにはいられない町の対比がじわりと忍び寄ってくるような、かわいくも不穏な物語です。
舞台となるのは、人々が謎の怪物に怯えながら暮らしている町。家の敷地内や町に引かれる道の上であれば、そこには他の町と変わらぬ平和があるのですが、一歩でもそこをはみ出れば人を食らう正体不明の怪物が跋扈する世界。人々にできるのは、境界を決して踏み越えないようにして恐々と暮らすことだけ。
そんな町で一人平和に暮らしているのが、主人公である少女ココ。彼女は、詳細はまだ語られてはいませんがある事故により両親と別れているのに(それが死別かどうかさえ明らかにされていませんが)、本人の性格からか、その寒々しい環境(人間関係も住居も含めて)にも関わらず、明るく無邪気なものです。でもそれは、いつも一緒にいる愛猫クロのおかげ。ココはクロをとてもかわいがっています。
ですがそのクロ。以前は確かに普通の猫だったはずなのに、ある時を境に、とてもそうとは呼べない存在となっていました。猫から別の何かへ変わったのか、あるいはまったく別の個体に変わったのか、その答えは明かされていませんが、目が三つどころか体中にある、抜けた体毛が勝手に体へ戻る、口から触手を出してものを切り刻んだり、また治癒することができる。こんなことができる存在を普通の猫と呼ぶことは、とてもじゃないけどできません。
当のココはクロの不可思議さにほとんど気づいていないのですが、ココと付き合いのある少数の人間は、ひょっとしたらクロは怪物たちと同種の存在なのではないかと怯えつつも、一人暮らすココをさながらナイトのように守り、あるいは家族のように心の支えとなっているその猫(らしきもの)を、遠巻きに見つめるのです。


さて、なぜココがこの町で平和に暮らせているのか。それは、彼女には怪物が見えていないから。
怪物の存在を知覚するためには、子供時代のある一定の時期に特殊な薬を投与される必要があり、どうやらココはそれを受けていない様子。それゆえ彼女は、怪物が視界に入っても見ることはできず、それの体液が触れても気づくことができない。
けれど、果たしてそれは幸せなことなのかどうか。
作中でこんなセリフがあります。
「危険を回避できるすべがあるのは喜ばしいことだ しかしその代償に 我々は恐怖し絶望しながら生きていくことになるだろう」
人々は「恐怖し、絶望しながら生きていく」かわりに、怪物を回避する術を知っている。
ココは怪物を知ることなく生きていけるかわりに、それから逃げる術を持たない。
何も知らないココはクロと毎日を楽しく過ごしているのですが、それは無知ゆえになせること。周りの人間は恐怖と絶望が自分らのすぐ隣にあることを知っているために、ココのようにはなれない。ために、心から無邪気でいられるココとその周囲には、深刻なギャップが生じる。そこから生まれるうら寂しさ。それもまた、この作品の特徴の一つです。
表紙や帯には「謎」や「不思議」という惹句がありますが、私にはそれ以上に、不穏さ、不気味さ、うら寂しさ、無情さ……そのようなものが感じられます。webでの連載では、1話1pの形式で日常のごくごく短いワンシーンが切り取られているのですが、その断片さもまた、世界の像をうまくつかめないもどかしさを生み出します。
試し読みができるので、まずはご一読を。
となりのヤングジャンプ:黒
個人的には、この作品での幼女の描き方にかなりの業の深さを感じているので、私の性的嗜好をつぶさにさらけ出すようなその話についてはまた次の機会に。


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