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悩める生徒が駆け込む単眼系保健医『ヒトミ先生の保健室』の話

ヒトミ先生は中学校の養護教諭。彼女の保健室には、今日も多くの生徒が訪れます。長く伸びてしまった舌(3m強)、大きくなってしまう/小さくなってしまう身長、簡単に外れてしまう体の各部位、周りの目が気になって透明になってしまう自分の身体。思春期の少年少女が抱える体と心の悩みを、ヒトミ先生はその大きな単眼で優しく見つめ、相談にのってくれるのです……

ヒトミ先生の保健室 1 (リュウコミックス)

ヒトミ先生の保健室 1 (リュウコミックス)

ということで、鮭夫先生の初単行本『ヒトミ先生の保健室』のレビューです。モノアイの養護教諭(いわゆる保健医)のもとに、やれ舌がのびた、やれ身体が透明になったと、思春期の子供なら誰もが抱える、他人とは違う自分の体の悩み、そこから生まれる心の悩みを抱えた生徒らがやってくる。そんなお話です。
「誰もが抱える」の文言で首を傾げた方も多いでしょう。舌伸びねえよ、体透けねえよ、と。けれど本作の中では、そういう身体の変化や他人との差異は、当たり前のものとして存在しています。それをよく表しているのがこのページ。

(1巻 p91)
本当は見開きですが、サイズと倍率の都合で1ページだけ。ヒトミ先生と父親が出かけたデパートには、翼がある者、尻尾がある者、角がある者、風船のように宙に浮かぶ者、ライオンのような顔を持つ者と、多種多様の人ばかり。しかも、皆楽しそうに歩いている。他人と目に見えて違うところのある自分。それを受け入れている人々が暮らしている世界です。
とはいえ、他人と違う自分にそれでも悩んでしまうのが思春期のサガ。それは、自分は他人と違うと思い込みたい(元々の意味での)中二病と背中合わせの感情ですが、どちらの形で発露するかは人それぞれ、こじらせたらまずいのは病気と同じだし、多くの人が程度の差はあれ発症し、大人になってから罹ると影響が大きくなってしまうのは、おたふく風邪などもそうです。なものだから、それが顔を見せたら早めに誰かに相談するのがよい。病気は罹りはじめが肝心。どうしようもならなくなる前に、ヒトミ先生の保健室へGOだ。
この作品で唸らされるのは、キャラクターの畸形さの描き方です。畸形さ、こう言ってよければ、フリークスさを実に当り前に描いているのです。ヒトミ先生のモノアイからしてそうですが、舌が3m伸びる少女とか、体がバラバラになるゾンビ少女とか、身長3m以上の少女/1mの少女とか、相当フリークス。にもかかわらず、そのかわいらしい絵柄と、それ以上に、誰もがその畸形さを、せいぜいちょっと髪が茶色い程度のものとしか思っていない、徹底された「当たり前」な態度の描き方のおかげで、作品に絶妙なバランスをもたらしています。
これが普通の少年少女のお悩み相談であれば、私もさほど面白いとは思わなかったでしょう。ですが、登場人物らの悩みが、読み手の私にとってみれば非常に重大で(3mの舌にはなりたくない)、にもかかわらずヒトミ先生の態度が普通に普通。そこにぐっと引き込まれるのです。一線越えた向こう側の、「当たり前」がこちらとは違う世界で描かれる、こちらと同じ人間の悩み。素晴らしい匙加減。
しかし、本作の裏表紙では悩みを抱えた女生徒らを「長舌系女子」「不死身系女子」「巨躯系女子」「短躯系女子」「透明系女子」とラベリングしているのですが、主役の単眼系女子ヒトミ先生も含めて、小さい子が迂闊に読めば妙な性癖が目覚めかねないようなラインナップ。『セントールの悩み』『モンスター娘のいる日常』などの系譜に連なる人外系漫画と言えましょう。まったくCOMICリュウは攻めますね。


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