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『銀の匙』縦横につながる学問の話

銀の匙』については、以前こんなことを書きました。
『銀の匙』数学をわからせる複雑な日常の経験の話 - ポンコツ山田.com
そこで触れたのは、現実という具体性の塊を抽象化したものが学問である、ということでしたが、現実の事象が様々なものと有機的に結びついているように、学問もまた、他の学問と学際的に結びついています。
銀の匙』は農業高校を舞台にした作品ですから、登場する学問は、農学をはじめとして極めて実学的なものですが、それらの根本には、自然科学が横たわっています。
たとえば8巻でのチーズ作りのエピソード。酵素を加えて凝固した牛乳(カード)をカードナイフで細かくカットしていくと、固体と液体(ホエー)に分かれていきます。この段階のカードには乳糖が含まれているため、食べれば甘いのですが、ゆっくりじっくり撹拌を続けていくと、乳糖がカードから抜けるため、カードの甘味は失われます。そして、そのままではこれ以上抜けない乳糖をさらに抜くため、ホエーを適量排出し、代わりにぬるま湯を加える。こうすることでさらに乳糖の抜けが促進されます。このときに使われているのが、浸透圧(より正確には、浸透圧差)。詳しいことはWikipediaでも読んでほしいのですが、まあごく簡単に言えば、乳糖が濃く含まれているカードから、乳糖濃度がそれより薄い、希釈された周囲のホエーへと乳糖が浸透していったわけです。
無論、人間は浸透圧という現象を最初から知っていたわけではありません。このような行為をすると乳糖が抜けていくこと経験的に学んでいき、それを自然科学体系(この場合は化学)の中で、浸透圧という現象として定義したのです。作中では八軒が「チーズ作りって化学の実験みたいでおもしろいな!」と発言していますが、まさにこのような作業を抽象化した先が、科学の実験なのです。
また9巻では、ほうれん草にはわざと寒さにあてて糖度を高める、という話がありますが、ここでは凝固点降下 という化学上の概念が登場します。同様にこれも、最初から凝固点効果の存在を知っていたのではなく、種々の仮説や実験の果てに導き出された凝固点降下がこの現象にも当てはまっているのだと気づいたのです。
以上は農学と化学の関係性ですが、世の中にはそんな例がいくらでも溢れています。私の実体験で言えば、極地方のように寒い地域では大型動物が増える、という事実の裏には、相似の立体は、体積が大きくなるほど体積当たりの表面積の比が小さくなる、という幾何学上の法則があることを知ったときは軽く感動しました。動物は大きくなればなるほど、外気にさらされる表面積が体積に比して小さくなるので、体温が逃げにくくなる、ということなのですな。これは幾何学と地理学あるいは生物学との関係性ですが、生物のサイズと幾何学という、まるで関係のなさそうな分野がつながったことに、ぶるりときました。
八軒はチーズ作りを終えてこんなことを言っています。

なんかさー、半年間色々やらされてきたけど…… 最近やっと農学の面白さがわかってきた気がする。
チーズ作りの仕組みが化学と繋がってるみたいに、俺の得意分野に引きずり込めば面白いんだよ、これがまた。
(8巻 p30)

学問が有機的につながっているのであれば、自分の苦手な学問が自分の好きな学問と繋がっていることも十分ありうるわけです。これは、学問からまた現実へと立ち戻った方がより言えることなのかもしれませんが、作中では、御影への勉強に関するエピソードで存分に活かされています。歴史に興味のない御影に歴史を叩きこむために、八軒は彼女が興味を持つ馬に絡めて歴史を教えるという奇策に出ました。「人類の歴史は馬と共にあり」の八軒の言葉通り、戦にせよ社会生活にせよ、それがいる地域では、有史以前から馬と人間は密接にかかわってきました。馬だけで体系的な歴史を教えることは難しくても、「入試までに全部埋まればいい」という気持ちで八軒は教えますが、見事に御影は食いついています。
このように、歴史について特定のキーワードを軸にして学ぶのは、歴史への導入だけでなく、一通り学んだ歴史について改めて学びなおすときにも有効かと思います。たとえば茶や酒、米、小麦などの食糧、絵画や文学などの芸術、宗教、病気など、世界中に存在し、伝播などが起きているものについて考えてみると、それまでとは違った流れが見えてくることもしばしばです。
そして、様々な分野を研究していると、ある分野において、一見まったく関係のなさそうな分野の考え方が使えることに気づくことがあります。ある体系の中に異物とも呼べるものが闖入することで、それまで見過ごされてきた糸口が見つかることがあるのです。作中ではそれは、八軒というキャラクターその人が担っています。ほとんどの生徒が幼いころから農業を所与のものとしてとらえている農業高校の中で、サラリーマン家庭で育ち進学校で学んできた八軒の存在は、まさに異物。多くの生徒が当たり前だと思ってきたことに、八軒は疑問を覚え、そこから議論が生まれます。

価値観が凝り固まっている群れに、八軒のようなある種異物が混ざる事によって、普段やらないようなディスカッションが起こっている。
価値観の違う物が混ざれば群れは進化する。
(3巻 p142,143)

富士先生はこう言いましたが、実際八軒のクラスメートの吉野は、

私ら殺して食べるって事今まであんまり深く考えた事無かったんだよね。当たり前すぎて。
だけどあんたはバカ正直にそういうの考えこんじゃって、のたうちまわってるじゃん? そういうの見て気づいたんだ。
当たり前だと思い込んでた物を一度きちんと捉え直すのも大事だな、って。
(3巻 p153)

となり、それが昂じて

私、ホエー豚の研究やりたいです。
食品加工の授業でちょっと習ったんですけど、チーズを作る時に出るホエーを与える事で肉が美味しくなるって…
生き物を食べる食べないで私も色々考えたんですけど… 結局肉おいしーなーって所から離れられなくって、
でもこの業界にいたらずっと考え続けなきゃいけない問題だと思うから… えーと…… 自分の好きな分野のすみっこに置いておけば…… んーとチーズ作りながら家畜の事も常に意識していきたいって言うか…………
(4巻 p58)

というところまで考えるようになったのです。
ことほどさように、何かを学ぶという行為には、多角的な態度が望ましいのです。
言ってみれば、何を学んでも無駄にはならない。きちんと学んだことには、必ずほかの何かへつながるバイパスが存在している。
たとえ灰色の中学生活だって、そこで失敗や後悔したことを今に活かそうと思えば、かわいいクラスメートの相談に乗っていい雰囲気になるくらいのことはできるのですよ。最近の御影マジかわいい。


まあなんですか、人間死ぬまで日日探究ですね。



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