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ヤマシタトモコの描く「ままならぬもの」の話

先日『仮面の告白』を数年ぶりに再読しましてね。

仮面の告白 (新潮文庫)

仮面の告白 (新潮文庫)

同性愛者の苦悶と悲哀と喜愛と絶望とが端正な筆致で書きつけられており、当初は忘れていた内容が次第に思い出され、最後の方は我が身をきりきりと絞られるような感覚にさえ陥りながら読み切りました。主人公の男性が幼少期に感じていた同性への思慕、そして毀損される肉体への暗い欲望は、長じるにつれてそれは禁制されねばならぬものであると痛切に思い至り、心の裡で押し殺し、なんとか女性を愛そうとするも結局失敗に終わる。にもかかわらず、そのような屈折した心の道程を理性でもって過剰に武装し、それと同時に武装する自分を嘲らずにはいられない。そんな一人の男性の性愛感情の遍歴。マジ名作。
で、読了後になぜか連想したのは、ヤマシタトモコ先生の作品、特にBL作品群でした。
ジュテーム、カフェ・ノワール (Dariaコミックス)

ジュテーム、カフェ・ノワール (Dariaコミックス)

なにが両者を繋いだのだろうと考えるに、まあタイトルのとおりなんですけど、『仮面の告白』にもヤマシタ先生の多くのBL作品にも、「ままならぬもの」があると思うのです。
というか、私の好きなヤマシタ先生のBL群には「ままならぬもの」を感じる、と表現する方が適切でしょうか。
たとえば『ジュテーム、カフェ・ノワール』収録の『cu,clau,come』。同性愛者の男が手料理を作り、異性愛者の友人とともに二人でひたすら食いながら会話をするだけのお話。男はその友人が好きだった。友人もその気持ちに気づいてた。でも、二人ともそれを表に出さぬまま、おいしい食事に舌鼓を打っていた。そんな、見ないふり気づかないふりの楽しい日々が唐突に終わりを告げるお話。楽しい日々が終わったときの、男の別れの言葉と恨み節からは、友人のことを好きだったけどそれを言わないでいることが、この楽しい日々を続ける唯一無二の暗黙の了解であったことがよくわかります。
たとえば『イルミナシオン』収録の『ラブとかいうらしい』。冬の日の昼間、二人の少年がベランダで身体を寄せ合いながら会話をするだけの話。友達グループ内で付き合い始め、そして別れたことを、異性愛者の友人にした同性愛者の少年。自分が付き合っていた間に思ったこと・感じたことを訥々と語り、それに友人が応える。実は少年が本当に好きなのはその友人なのだけど、それを会話の端々ににじませるのだけど、肝心の友人はそれに気づかないまま。とても大事なものがベランダに座る二人の間を通り抜け、そして過ぎ去って行ってしまうような、そんなお話。
たとえば『恋の話がしたい』収録の『Re:hello』。少女が日々家に通う叔父は、少女の初恋の相手にして同性愛者。そして、何年も前に別れた恋人をいまだに吹っ切ることができず、その人に送ろうとして送れなかったメールが何通も残っている型遅れの携帯を後生大事に持っている。偶然そのメールを読んでしまった少女は、今まで見たことのない、後悔と諦念と慚愧に溢れた人の感情のありように胸を衝かれるのでした。
これらの作品に見られる、どうにかしたいけれどどうしようもなく思えるもの。それが「ままならぬもの」です。ヤマシタ先生はそういうものの描き方が抜群に上手い。
どこに上手さを感じるのかと言えば、きっとそれは、「ままならぬもの」を抱える登場人物が、状況はままならないことを知っているのにそれでもどうにかならないかともがく様を、あるいはそのもがきを感じさせるようなシチュエーションを描くところ。『Re:hello』は前者だし、『cu,clau,come』や『ラブとかいうらしい』は後者です。
好きだけどどうしようもない。どうしようもないけどやっぱり好きだ。でもやっぱりどうしようもなくて……という堂々巡りには、感情の動的なあり方が見られるし、その動性にこそ、人間の感情の面白さがあるのだな、と。
さらにいえば、この「ままならぬもの」は、必ずしもバッドエンドに終わるものではありません。ままならないと思っていたにもかかわらず思いが成就する、というパターンもヤマシタ先生の作品にはあり、そのような作品は多くの場合、成就した後にも感情があっち行ったりこっち行ったり、端的に言えば「幸せすぎて怖い」というような感情のせいで心がひとところに落ち着くことをしないのです。『恋の話がしたい』収録の『恋の話がしたい』、『薔薇の瞳は爆弾』収録の『嗚呼ボーイフレンド』なんかがそれですか。
それが叶うのであれ叶わないのであれ、感情が常に揺れ動き続けている感じが、収まるべきところにすぽっと収まる予定調和にはない人の感情の生々しさを見せてくれると思うのですよ。




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