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天才の兄を助ける弟の、その心の内は 『さよならソルシエ』の話

 時は1885年、フランスはパリのモンマルトル。芸術の都で画廊を営むテオドルスは、天才的な商才で何枚もの絵を顧客たちに売り、パリ一の画商の名をほしいままにしながらも、既存の画壇に唾吐くような態度をとるために業界の異端児となっていた。彼は信じている。保守の権威に凝り固まった今のアカデミーは本当の芸術ではないと。そのようなものに縛られないところに芸術の「新しい夜明け」があると。彼にそう思わせたのは彼の兄。その名はフィンセント・ファン・ゴッホ。天才画家の兄を持った弟。本当は絵描きになりたかった弟。彼はいったい何を思って「新しい夜明け」を求めるのか……

さよならソルシエ 1 (フラワーコミックスアルファ)

さよならソルシエ 1 (フラワーコミックスアルファ)

 ということで、穂積先生『さよならソルシエ』のレビューです。穂積先生と言えば、処女単行本の『式の前日』が「このマンガがすごい!2013」のオンナ編で第2位をとるという鮮烈なデビューを果たした方ですが、本作ではぐっと趣向を変えて、史実をもとにした作品となっています。
 『ひまわり』『アルルの女』『星月夜』などの作品を残し、また日本の浮世絵からもインスピレーションを受けたフィンセント・ファン・ゴッホは、今でこそ非常に高名な画家ですが、存命中はたった一枚の絵しか売れない不遇の生活を送っていました。そんな彼を支えていたのが、実の弟であるテオドルス・ファン・ゴッホです。兄の芸術の唯一の理解者だった彼による援助のために、ゴッホは芸術活動に集中できたのでした。本作は、そんなテオドルス主人公としたものとなっています。
 幼少の兄が描いてくれた自分の絵に感動し、「画家になれよ」と彼の背を押したテオ。そして、実際に兄のフィンセントはその言葉に勇気を得て画家の道へ進みました。テオ自身は、画家の描いた絵を売ることを生業とする画商に。他の誰も認めてはくれないけれど、テオだけは兄の芸術を信じています。既存の画壇は、兄の絵はもちろん、他の新進の画家たちの絵も認めません。そんな体制をぶっ壊そうと、テオは急進的に活動していくのです。
 けれど、有能な画商として兄の援助を惜しまないテオですが、彼は兄に言っていないことがあります。それは、自分も本当は画家になりたかった、ということ。
 兄の才能を目の当たりにしてきたテオは、いったい何を思って彼を援助するのか。
 芸術の未来であるとか、あるいは自分の日々の生活、周囲からの視線にも無頓着で、ただ絵を描いていれば幸せとでもいうようなフィンセント。それを支えるテオは、こちこちの権威主義に凝り固まった画壇からどうにか芸術を解放しようと、さまざまな仕掛けに訴える切れ者の策略家。ステレオタイプな切り口でいえば、「天才」と「秀才」なわけです。
 この「天才」と「秀才」の対比は鮮やかに描写されています。「天才」のフィンセントは、雪降り積もる冬の公園でたまたま出会った老婆の昔語りを聞いて、たった一人の観衆のために、緑あふれる夏の公園をキャンバスに描き出します。それはあまりにも幻想的な光景。40年前の多幸な夏が、真っ白いキャンバス、それは染み一つない画布でもあり誰もいない雪の公園でもあるのですが、その上に活き活きと浮びあがっていくのです。
 一方「秀才」のテオは、画壇の鼻を明かすために、彼らが認めようとしない若い芸術家たちを集めて展覧会を開こうとしますが、街のギャラリーはアカデミーの圧力を恐れて画廊を貸そうとしません。展覧会予定日の前日になって頭を抱える芸術家たちですが、この状況を見越していたテオは、まったく別の方法で彼らの絵を街の人々に届けました。それは、ただギャラリーに飾るよりもよっぽど人々に届くやり方で。
 その他にもまだはっきりした違いはあるのですが、それは読んでのお楽しみということで。
 そして、「天才」と「秀才」が対比されていることと同じかそれ以上に重要なのは、テオが挫折した「秀才」だということです。テオが幼少の頃の兄の絵に感動し彼に絵の道を勧めたことはもう書きましたが、その陰でテオは、画家になりたいという自らの夢を諦めています。それは兄の絵の才を知ってしまったからなのか、それとも別の何かがあるのか、1巻の時点ではまだ明確になっていませんが、偉大な兄は決して無関係ではないでしょう。
 楽しそうに絵を描きながらフィンセントは、自分を援助してくれるテオに言います。

僕は誰かを救おうと思って絵を描いたことなんてないよ それよりも僕は君にも何か好きなものを見つけてほしい
僕に絵を与えてくれたのは 君だから
(1巻 p184)

 この言葉を聞かされたテオの内心はいかばかりだったでしょう。自分がいくら欲しても得られなかった絵の才を持つ兄が、無自覚に投げつけてきたこの言葉。
 それに対してテオは、返事になっていない返事をします。ただし、返事になっていないと思うのは兄ばかりで、読み手には彼の心は痛いほどにわかるのですが。

知ってるか 兄さん
画商が― 心を揺さぶられて仕方がない作品に出会った時の感動をなんと呼ぶか
恋だよ
生涯忘れることのできないたった一度の出会い それはまるで運命だ
人間相手の恋なんて比べ物にならない
その出会いが 絶望をひと時忘れさせてくれることを 俺は知ってる
(1巻 p184,185)

 かわいさ余って憎さ百倍。愛と憎しみは紙一重。兄がかつて描いた自分の絵にテオは恋をして、そして同時にその絵は、彼の心にいくら登っても越えられない壁を築き上げた。才能という名の壁を。
 画壇と対立し「新しい夜明け」をもたらそうとするテオ。才ある兄への援助を惜しまないテオ。そして、兄の才に嫉妬するテオ。皮肉げな冷たい微笑を絶やさない彼が、今後どのように芸術と、兄と向き合っていくのか。ゴッホが自殺するのは1890年の7月。後を追うようにテオが死ぬのはその翌年。残された5年余りを、いったいどう描くのか。超期待。



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