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無職男子のおいしくない日々のご飯 『鬱ごはん』の話

 誰しも人は、食べずに生きていくことはできない。だが人は、死なないわけにもいかない。いつかは必ず死ぬのに、死なないために食べ続ける。なぜなのか。なぜなのか……。そんなことを鬱々と考えながら、就職浪人・鬱野は今日も飯を食べる。イマジナリーーフレンドの黒猫と一緒に。
 食事に関する漫画なのに全然食事をする気にならない、むしろ食べたくなくなる新感覚ダウナー食事漫画……

 ということで、施川ユウキ先生の三冊同時発売新刊『鬱ごはん』のレビューです。他2作のレビューはこちら。
 あらゆる生物がいなくなった世界で出会った少女とフラミンゴ 『オンノジ』の話
 ダラダラ不真面目文学談義『バーナード嬢曰く。』の話
 さて本作ですが、暗い設定ながらもキャラクターは明るい『オンノジ』、ダラダラと不真面目な文学バカ話を続ける『バーナード嬢曰く。』と違い、徹頭徹尾鬱々とした話です。主人公の鬱野君がまあ暗い。食事をテーマにとった漫画は、たいていは「食事が美味しくてハッピー☆」に落着するものだと思うのですが、生きるための活力どころか、生きるための必要悪としか考えていないんじゃないかと思わせるような態度は、読んでて暗澹たる気持ちにさえなれます。
 就職浪人である彼は東京で一人暮らしをしているのですが、外食するにせよ、買ってきたものを家で食べるせよ、希に自炊をするにせよ、ぶつくさぶつくさ悪態をつかずにはいられない人。一人暮らしなのだからそれらは心の声ばかりなのですが、イマジナリーフレンド(鬱野曰く「妖精」)の黒猫が彼の内心を代弁しているのか、結果的にダイアログになっています。食事をとることに楽しさを見出さない男と、それを皮肉る黒猫。我が子が描いたら病院へ連れて行きかねないような情景です。いやいないですけど、我が子。
 嘔吐シーンや嘔吐物が平然と出てくる本作ですが、なんといっても白眉は、賞味期限の切れたコーンスープやら野菜ジュースやらを水洗便所に流す話。たかだか4ページでここまでもやもやとした気持ちに出来るものなのでしょうか。「日本で一番パンクなデモンストレーションは、全裸になることでも豚の血を客席に撒き散らすことでもなくて、炊きたてご飯のおにぎりを踏みにじること」という話を以前どこかで読んだのですが、それに通じるものがあります。
 「タコを食うなど信じられん」「カタツムリなんて食い物じゃないだろ」「虫食の気がしれない」と、文化の違いによる食への違和感は古今東西を問わず存在しますが、鬱野はそれを毎回毎回味わっているようなものです。あらゆる食事が違和の塊。日頃当たり前のように食べているそれに一々理屈を求め始めると、食事が美味しいとかそういう話じゃなくなってくる。「なんだこれ」「なんでこんなものを食べているんだ」「おいしいとかおいしくないとか、果たしてそんなことに意味はあるのか」そんな意識に支配される食事が楽しい訳はない。
 確かに食欲は、人間に欠かすことのできない根源的なものの一つで、睡眠欲・性欲とともに、三大欲求の一つに名を連ねているわけです。しかしそれは、常人であれば決してそれから逃れられないということであり、もしまかり間違ってそこに嫌悪感を抱いてしまえば、望まぬ苦行を毎日積まねばならないようなもの。鬱野はまさにそんな状況に陥っているのです。ひょっとしたらそれは、延々就職浪人を続けている彼の境遇から来ているのかもしれません。連載当初は22歳だった彼も、1巻最終話時点で26歳にまでなっています。4年もの望まぬ無職生活は気力を蝕み、毎日の欠かせぬルーチンすら厭うべきものとしてしまう。蝕まれた気力は自身を奮い起こすことなく、諦念と白い絶望の中に引きずりこんでいく。そうしてまた気力は蝕まれ……と悪循環の只中にいる彼です。
 どこを切り取っても救いの見えないこの話。この辛さは『空が灰色だから』を思い出しました、なんとなく。
 この作品もやっぱり試し読みができますので、まずはその気分の悪さを味わってみてください。
 真っ白な原稿の上で、俺は爪を切った。 「鬱ごはん」1巻、「オンノジ」、「バーナード嬢曰く。」単行本3冊同時発売!後、サイン会やります。


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