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『宇宙兄弟』六太の感じた「責任」と「運命」と「絶対」の話

どうも、およそ一か月ぶりですがしれっとした顔で更新です。
ビンスことビンセント・ボールドのサブクルーになった六太。弟・日々人がNASAではもう宇宙に行けないという大事件もあり訓練に集中できず、あわやサブクルー降格かという事態にもなりかけましたが、その後の日々人の去就と決意を知り、人が変わったように訓練に取り組んでいきました。そして迎えた20巻の、ビンスらCES-62クルーが乗るロケットの打ち上げです。打ち上げに成功したロケットは、途中でちょっとしたトラブルに見舞われながらも、それを乗り越え見事月面着陸にまでこぎつけました。
その時に六太が思いだした「2つの痛み」。それは、リックのことを六太が初めて聞かされた夜に、ビンスとピコから刻みつけられたのものでした。今日はそれについてちょっと考えてみます。

宇宙兄弟(20) (モーニング KC)

宇宙兄弟(20) (モーニング KC)

まだリックが生きていたころにビンスとピコと三人で、毎日のようにやっていた、3人が輪になって両の拳を打ち合わせるという挨拶であり約束の儀式。リックに代わってそれを行った六太はその時、こんなことを感じました。

この人たちはいつも こんなに強く打ち合ってたのか……
両手の拳から 電流みたいに
大事な席を任された "責任"のような
選ばれた 運命のような
日々人の中にある"絶対"に似たモノが 
私の中にも ビリビリと伝わってきた
(20巻 #192)

「責任」と「運命」と「絶対」。この三つは作中で、どのような糸によってつながっているのでしょうか。
宇宙兄弟』の名の通り、多くの兄弟が宇宙を目指して奮闘する本作。主人公の六太と日々人から始まり、エディ・Jとブライアン・J、新田零次とカズヤなどがいますが、宇宙飛行士のビンス、技術者のピコ、そして既に故人のリックもまた、実の兄弟ではないものの、「こんなど田舎の街で」「宇宙に本気で憧れた」「兄弟みたい」な三人でした。
CES-62クルーとして宇宙に飛び立ったビンスは、ピコの作った着陸船で月面へ降り立ち、本当ならその指示を管制官となったリックがするはずだったのですが、彼は30年近く前に事故死。代わりにその席に座ったのが六太でした。リックが死んだあの日以来、「人生は短いんだ………!」「テンションの上がらねえことに………パワー使ってる場合じゃねえ……!」と夢に燃えた二人の間に入った六太。「兄弟」の約束を果たすという「責任」を彼は負ったのでした。
「運命」は作中で印象的に使われた覚えが私にはないので、一般的な意味から考えれば、「天命」に近いものでしょうか。「人事を尽くして天命を待つ」の「天命」。やるべきことをやったがゆえに、なるべくしてなった。いや、「なった」というより、六太の言うとおり「選ばれた」ですかね。決めるのが天ではないにせよ、宇宙飛行士がどんな任務にアサインされるかは本人にはどうしようもないのですから。
で、「絶対」を考えると、これの元は7巻での日々人の発言です。

「君は……アレだね日々人君 昔から「絶対絶対・・・・」とかる〜く言っちゃうけども 
世の中に"絶対"なんてないんじゃねーかなぁ……」
「……
そうだな 世の中には"絶対"はないかもな」
「え……」
「でもダイジョブ
俺ん中にはあるから」
(7巻 #60)

日々人の言う「絶対」は、世の中の有象無象は関係ない、自分の中だけの「絶対」で、別の言い方をすれば確信ですか。自分が宇宙飛行士になるのは自信というより予感で、そして予感より確かなものだったのでしょう。なれるなれないではなく、なる。それが「絶対」。
さて、六太の感じた「責任」と「運命」は、どのような意味で日々人の「絶対」につながるのでしょう。
六太は、日々人の乗ったロケットが宇宙へ飛び立ったときに、すぐ上で引用した日々人とのやり取りを回想しました。そして、日々人のゆるぎない「絶対」と、寄り道も後戻りもせずにまっすぐ宇宙へと伸びるロケットロードを重ね合わせたのです。子供の頃に見た夢から一直線に、兄である自分より先に月へ向かった日々人。六太にとって彼は長いこと自分のコンプレックスを刺激する存在であり、同時に、いざ宇宙へ飛び立つシーンを見れば誰よりも喜ばずにはいられない、自慢の弟でした。
対して、一度は夢を諦め、退職を機に再び宇宙を目指すも、試験のたびにふらふらと挫けそうになっていた六太。けれど、彼の宇宙に対する真摯な態度は周りの人間に受け容れられていきました。いつしかそれは、ただの自分の夢だけではない、周りの人間との関係性の中に編み込まれた現実として、宇宙飛行士、月への任務と形を成していったのです。そして、日々人の「絶対」と同じような強度にまで編みあがったのが、あのビンスとピコとの「誓いのサイン」の瞬間だったのでしょう。リックの言う、「夢を現実に変え」た瞬間といったところですか。
その意味で、日々人の「絶対」と六太が感じた「"絶対"に似たモノ」は別物なのだと思います。なにしろ十代の子供が言ったことと、三十路を越えた男の感じたことですから。けれど、その違いがあってなお、六太がかつての日々人とのつながりを想い出すほどに、自分が宇宙へ行くことに確信をもてた。そういうことなんじゃないかな、と。
しかし、今巻も熱かったですな。ピコとビンスというおっさんたちの夢と友情のお話が妙に心にクルのは、そういう歳ってことなんでしょうか。いやいやまだ若いはず……



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