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『からくりサーカス』描かれる家族の特殊さと、主人公たちの特殊さの話

久し振りに『からくりサーカス』を読み返して。
ルシールの最期、ジョージの最期、フランシーヌ人形の最期が感動シーン三強だなー(次点でアルレッキーノパンタローネの最期)とか、リーゼとエレオノール(幼少期)がかわいい二強だなー(次点で百合とれんげ)とか思いながら読んでたんですが、まあそれはともかくとしてふと気になったのが、この作品での「家族」の描き方ってけっこう特殊じゃね?と。

からくりサーカス』はゾナハ病をふりまいてフランシーヌ人形を笑わせようとする自動人形勢と、彼らを破壊しようとする、元ゾナハ病患者のしろがね勢の対立、というのが話の大筋になっているわけですが、人と人ならざるものの対立が描かれることで、「人とは何か」ということが浮かび上がってきます。浮かび上がるという以上に、作中で積極的に明言されているのですが、たとえば34巻での勝VSシルベストリのエピソード。人間の中にまじることで「人はなぜ笑うのか」を研究し、その過程で「人はなぜ群れるのか」という疑問を抱いた自動人形シルベストリ。

群れで狩りをする肉食獣や、群れで外敵から身を守る魚などではなく… もはや、天敵のいない人間という生物が、なぜ、なおも複数で集まりたがるのかが、私にはわからない…
(中略)
全ての人類が、とは言えないが、今や多くの人間が、他の人間と最小限の関係で生きてゆけるのではないか?
だが、おまえ達は友人を求め、集団を求め、何かに属することを求める……
その結果、感情的ないさかいから、戦争、殺し合いが絶えなくなる…
子供よ、答えられるかね? 人間は、それがわかっていながらどうして複数でよりそいたがるのだ?
(34巻 p14)

対峙する勝は、戦いの中で彼の疑問に答えます。

オジさんも言ったろ? 人間は弱くて… すぐ死んじゃう生き物だよ……
ぼくだって、自分一人じゃ食べ物も集められないし… 服だって…住むトコだって、ちゃんと作れないダメなヤツなんだ。
だから、群れるんだよ。みんな、お互いにできないことをやってもらって、みんな、お互いに助け合わなきゃすぐ死んじゃうから群れたがるんだよ。
そしてね、たぶん人間は、頭だって思ってるほど良くないんだ。
何が良くて、何が良くないか、いつもフラフラしちゃう… だから、お互いに、そばで見てもらわなきゃ。
(37巻 p55,56)

シルベストリが考えるのとは違い、人は弱く、頭もよくない。だから群れ、お互いに助け合わなければいけない。勝はそう答えます。
人とは群れるもの。一人じゃ生きられないもの。それは、人ならざるものの自動人形、そして人としての生を捨てたしろがねが露悪的に見せる仲間意識の薄さが繰り返し描かれることで、より強調されます。
ここで本題に戻りますが、群れの最小単位と言えば家族。その家族の描き方が本作ではかなり特殊なのですが、どう特殊かと言えば、血縁で結ばれた家族(親子)関係が妙に少なくないか、ということです。
家族というものがかなり強く意識して描かれている関係性として、仲町サーカスや黒賀村の阿紫花家が挙げられますが、仲町サーカスの子供であるヒロとノリは、二人とも拾われっ子であり、父親である信夫と血縁関係はありません*1 *2。阿紫花家も同様に、子供が5人いますが全員別々の親から生まれ、なんらかの事情で身寄りがなくなり阿紫花家に養子として引き取られているので、やはり血縁がありません。
仲町サーカスの関係の深さはくり返し描かれている通りですし、阿紫花家も、家を出た長男の英良はともかくそれ以外の4人は、勝が家族の中に闖入することで関係が改善され、阿紫花家の両親は勝にそのことを感謝しています。
仲の良さが描かれた家族2つが、両方とも血縁関係のない家族。これはなかなかに示唆的です。
さて、ここで3人の主人公、つまり勝と鳴海、しろがね=エレオノールに目を向けてみましょう。
勝は才賀貞義とその愛人の間に生まれた子という当初の設定でしたが、実際は貞義は父親でないため、血縁関係のある人間は母親しか判明しておらず、またその母親も、物語開始時点で死別しており、回想にしか登場しません。祖父として懐いていた正二も、血縁上の祖父ではありません。
そして鳴海は、物語開始時点で日本に一人暮らしをしていますが、その住居は死んだ爺さんの住んでいたもの。中国で働いていた父親はすでに病没し、母親は父親の仕事を引き継いで中国で働いているそうな。*3天涯孤独というわけではなく母親は存命なのですが、彼女は作中で、回想以外では一度も登場していないのです。勝編の最後で左腕を失った鳴海はギィに助けられしろがねとなるのですが、それ以降に中国に行くエピソードがあるにもかかわらず、その時に母親と会うどころか、彼女のことを思い出しさえしません。そしてそのまま母親の影は一切差さずエンディング。鳴海が拳法を始めるきっかけとなった弟は、死産のため作中に登場することはなく、鳴海がしろがねとなって戦う動機づけとしてもほぼ現れてきません(直接的な動機は、「勝(=子供)を守れなかった」という思いであり、「弟」は特別な意味を持ちません)。
エレオノールも、実母であるアンジェリーナとは生後数か月で死別、実父である正二とも、直接顔を合わせたことは数えるほどしかなく、自動人形破壊者であるしろがねとして訓練を受けた半生とも相まって、幸せな家族関係など築く余地がありませんでした。
このように、3人とも血縁上の家族関係が驚くほどに薄いのです。
血縁のない家族関係には親密性があり、主人公3人は血縁関係が極めて薄い。こんなまとめを今後の叩き台として、ついでに、仲町サーカスも阿紫花家も血縁関係の薄い主人公である勝が加わることで親密性が増した、ということもちらっと触れておいて、今日のところはこのへんでどっとはらい



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*1:養子に入っているので、戸籍上は正式な親子関係です

*2:後に仲町サーカスには三牛父子が入団しますが、彼らが親密な(幸福な)親子関係を見せることはありません。

*3:1巻 p127