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『おおきく振りかぶって』三橋・阿部の関係の変化とそのきっかけの話

最新刊である20巻が発売された『おおきく振りかぶって』。

おおきく振りかぶって(20) (アフタヌーンKC)

おおきく振りかぶって(20) (アフタヌーンKC)

目標を具体的にするためにと甲子園を見に行って、それに合わせて西日本の強豪校との合同練習を組んだ西浦高校。練習試合とはいえようやく西浦の試合が見られてほっとしたのですが、その中でおっと思ったのがこのシーン。

(20巻 197p)
キャッチャー花井の正直すぎるリードの組み立てを見て、阿部が三橋に、お前ならどうしてた、と聞いた場面です。何におっと思ったかと言えば、阿部が三橋に意見を求めたこと、ではなく、求められた三橋が答えようとするもいつものように口ごもるのですが、そこで阿部がいつものようには怒らず、さらっと続きを促したことです。これを見て、二人の関係も改善されたのだなあ、と。
三橋と阿部の会話と言えば連載最初期から、キョドる三橋とそれにいらつく阿部という構図が何べんも何べんも繰り返されてきて、チームメイトや監督、果ては親にまでも大丈夫かよと思わせていました。埼玉大会5回戦の美丞大狭山戦では二回の裏のベンチで、相手のバッティングの狙いについて何か言おうとした三橋のふぐふぐした態度にイラついた阿部が怒鳴りつけるというシーンもありました。

(12巻 61p)
まあこれは二回までに4失点、阿部はすぐにネクストバッターズサークルに行かなければいけないという状況ではありましたが、同学年のバッテリーとは思い難いぎすぎすした絵面です。
けれど、この試合での出来事が二人の関係の改善のきっかけとなりました。それは阿部の怪我。本塁でのクロスプレーで阿部が怪我をし、試合中にキャッチャー交代。急造バッテリーの不安は大きく、三橋田島だけでなく内野にもそれは伝染し、セカンド栄口のエラーも誘発しました。しかしその逆境は三橋に、チームの中心であるエースとしての自覚と、今までリードを阿部に頼り切っていた反省を意識させ、試合後に阿部の家へ見舞に行っての「オレを頼ってくれ」の発言へとつながりました。
また阿部も実際に自分が怪我をし、プレイができない焦りを実感することで、かつてのチームメイトであり「首を振る投手は嫌い」という考えを植え付けた榛名への別の視点を得ました。本格派の速球投手でありそして超絶我儘だった中学時代の榛名に、阿部は愛憎入り混じる複雑な情念をずっと抱いてきましたが、その榛名が進学した武蔵野第一が埼玉大会準決勝でARCに負けた後、彼と対話をし、当時の自分の気持ちを伝え、今の榛名の気持ちを聞いて、一歩先へ進むことができたのです。
美丞戦後の合宿から特に、百枝監督は二人の関係を近づけようと画策していましたがそれは大きな成果を上げず、それどころかARC-武蔵野第一戦の観戦で、「離れてられんのはメシン時だけか オイオイ 合宿前はこんなこと思わなかったぞ」と阿部が思う程度には、ストレスは阿部を蝕んでいたようです。
募るストレスの原因はつまりは、自分のいないところでチームのために戦う榛名だったのでしょう。武蔵野第一が勝ち上がる度に複雑な表情を見せ、ARC戦の観戦中も、「ここで144キロ投げりゃ有効だろうに 出し惜しみしやがって」「全力投球してくれんなら オレだって こういうリードをしたのに………」「それとも あいつは今 チームのために投げてるっつうのかよ…!」と、羨望とも落胆とも嫉妬ともつかないことを考えています。試合の内容・結果よりも、榛名がどういう風に投げるのか、その方がよっぽど大事だとでもいうように。
コールドで試合が終わった後にじっとしていた阿部を動かしたのは三橋でした。榛名に聞きたいことがある、と阿部をつれて榛名のもとにいったのですが、その本当の目的は、阿部と榛名を引き合わせることだったのだと思います。それ以前からも榛名への阿部の思いを気にしていた三橋の、勇気を振り絞った一世一代の行動ですが、結果、阿部と榛名の関係は改善の兆しを見せ、そしてそれは阿部と三橋の関係の改善にもつながりました。

「………あのさあ オレ 榛名の じゃましてなかったよな
イミわかるか? あの会話だけじゃわかんねーか」
「しっ してないよっ “おかげ”って 言ったよ!
“ありがとう”も言った!」
「……だよな」
「あの 捕れて 良かった でしょ?」
「……… そーだな 捕れてよかったよ」
(19巻 113,114p)

阿部は今までずっともやもやしていた榛名と組んだ自分の過去を初めて肯定でき、

こいつに尽くしたいと思った けど今はもっと違う
なんかもっといいもんに 変化してきてるぞ!
(19巻 116p)

と、思ったのです。
その表れの一つが、最初に挙げたシーンなのでしょう。
今まで『おお振り』のキャラクターの成長、特に精神面の成長は三橋にメインスポットが当たっていたように思っていましたが、改めて考えてみれば、その女房役である阿部も屈折した投手というものに屈折した思いを抱いていて、これまでの通憲はそれが少しずつ変わっていく過程でもあったのです。15巻での「力合わせて強くなろう!」は、どちらかが変わるのではなく、二人で変わっていって初めて強くなれる、ということなのですね。



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