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『ヨルムンガンド』武器商人の兄妹、「異端」のココ/「極端」のキャスパーの話

以前web拍手でこんなコメントを頂きました。

初めまして。ヨルムンガンドの記事、とても興味深く読ませて頂きました。
この作品ではヘクマティアル兄妹のことがあまり描かれていないのですが、山田さんはどのように捉えられましたか?

同じように武器商人になるよう育てられたはずの兄妹が、何故こうも違うように育ったのかが気になります。
武器商人という仕事が大好きな兄と、それとは反対に大嫌いな妹。
兄妹仲は良いように見えて、決して相入れないものがあるように思えます。仕事を助け合うことも、兄妹の絆というよりビジネスパートナーといった方が近いのではないか、とか。

本編に直接的な描写がないので本筋にはあまり重要なことではないのかもしれませんが、ココという人間を理解しようとするとき、兄の存在と兄妹関係がどうしても気になってしまいます。

長文になってしまい申し訳ありません。これからもブログ楽しみにしております。

世界的海運王の実の娘にして「異端」の武器商人であるココ。では、その兄であるキャスパーはどんな存在なのか。

ヨルムンガンド 1 (サンデーGXコミックス)

ヨルムンガンド 1 (サンデーGXコミックス)

キャスパーもまた、ココと同じく武器商人が生業です。エドガー、アラン、ポー、そしてチェキータを仲間として世界を股にかけ、武器商人という職業を心の底から楽しんでいます。

そうですよ。なにが“Hek・GG”ですか! 本社と衛星と物流でパッケージングってことは、「武器商人いらねぇ」ってことでしょう?
僕、この仕事好きですし。チェキータさんやお前たちと、世界中行くの実に楽しい!
(10巻 p73)

武器商人に対するこのあっけらかんとした肯定は、ココのスタンスと実に対照的です。

武器が嫌い。こんなズルい道具で脅された時の感情、思い出すだけで頭が割れそうになる。
(中略)
人間が嫌い。私も同じ動物なのかと思うと絶望するよ。
でも私が売った兵器で死んだ人間だけは哀れみ、申し訳なく思った。武器商人である私が嫌い。逃げられなかったんだ。だが才能があるようで・・・・・・・・金はバカスカ舞い込んだ。
(11巻 p17,18)

普段から笑顔を浮かべて戦場を渡り歩きながら、ココの内心には武器に、人間に対する黒々とした感情が渦巻いていました。彼女が浮かべる笑顔は、「ボスってのは常に笑っているべき」というかつての部下・エコーの言葉を受けてのもの。彼女がその言葉を深く刻み込んだのは、おそらくそれを言われた戦闘時にエコーが、敵であるヘックスの部隊に殺されたから(ヘックスとココ、両者に苦い思い出を植え付けた「満月の夜」の出来事と推測できます)。以降彼女は、父・フロイド・ヘクマティアルの口癖「顔に鉄仮面を 心に鎧をまとえ」と共にエコーの言葉を内面化していきました。
笑顔が演出するもの。第一にそれは、余裕です。どんな危機的状況に陥ろうとも、トップの人間が余裕の笑みを浮かべていれば部下は安心できる。個々のメンバーの距離が近い小さなグループにおいて、特にそれは重要なことです。そしてもう一つ。笑顔しか浮かべない表情は、その内心を推し量ることを難しくします。フロイドの言う「鉄仮面」が、ココの場合笑顔だったのです。
キャスパーもまた常に笑顔の人間ですが、まとうべき「鉄仮面」として笑顔を張り付けていたココと違い、おそらく彼のそれは、楽しいから笑っているという実に単純なもの。武器を売ることが、世界中を旅することが楽しいから、笑う。なぜそう言えるかといえば、彼には「鉄仮面」で隠すべきようなものがないから(少なくとも、作中の描写においては)。
彼の目的は、父ともココとも違う。違うというより、それがなんであるかに興味がない。

ココが武器商人というものをどう思っているのかは知らない。父についてもまたしかり。興味ない。
だが武器商人が、その職が、この世から消えることはない。
「我々の都合で戦争を起こし、都合が悪ければ平和を守るのだ」
(10巻 p74)

いわば彼は、武器を売るために武器を売るのです。手段と目的が同一化している。ヨナと初めて会った時の彼の仕事はこうでした。

僕は武器を売ろうとしたのではない。武器で誘惑してジワジワと溶かそうとしたのだ、この基地を。君が無料でやってくれた。
この国を横断する軍用道路の建設。その基盤作りにこの基地は邪魔だった。
それは怒涛のように石油と軍人と武器が流れる道。この国への繁栄への道だ。
(3巻 p51,52)

基地に武器を売ることで、もっと多くの武器を売れるようにする。どこまでいっても「武器を売ること」を目的とする彼に、隠すべきものものはありません。ゆえに彼の笑顔は、本当に楽しいから浮かんでくる自然なものだと言えると思うのです。武器を売ることで=金を稼ぐことで「世界平和」を目指したココとは、まるで違います。
キャスパーもココも、生まれとその育成環境に差はないようです。

兄妹二人とも海上のコンテナで生まれた。親にくっついて国を転々とした。
偽のパスポートや国籍はいくつもあるが故郷がない。愛国心と言われてもなんのことやら。
(3巻 p50)

「私はただの商人だし、大学どころか、学校と名の付く所には、通ったことがないからなぁ」とココは言っていますが、キャスパーも同様だと推定できます。幼少時の環境には大差ないだろうに、なぜこうも違ってしまったのか。残念ながら、それを示すようなエピソードはありません。「ただそうであるから」としか言えないのです。
それでも言えるのは、ココが武器商人の「異端」だとすれば、キャスパーは「極端」だ、ってとこでしょうか。

どちらが勝って決着、ということではない。いくつもの戦線に集中できないロシアと野望はあっても金はない少佐。灰色の戦いが慢性化すると私は踏んだ。それは金の湧く泉、パイプラインの所有権もどっちつかずという意味だ。
むしろ泥沼を好んで武器をキリなく流し込む商人もいるが…… というか、そっちが主流だが。
(1巻 p140)

と、ココは武器商人に主流である経営方針を表現しましたが、キャスパーはまさにその通りの商売をしています。上でも書いた通り彼は、基地に武器を売(ろうとす)ることでもっと大量に武器を売るという、キリなく武器を売り続けることを好んでいるのです。「我々の都合で戦争を起こし、都合が悪ければ平和を守るのだ」という言葉には、とにかく武器を売ってやりたい、武器商人が楽しくてしょうがないという彼の思いが強く滲んでいます。
この作品には他にも、CCAT社のカリーや元女優のトロホブスキーなどの武器商人が登場しますが、カリーは自称する通りの「中堅武器商人」。商売として武器商人を行っており、先がないとわかれば次の事業をすぐに考えています。そしてトホロブスキーは武器商人を、商売としてではなくいわば娯楽としてやっています。

舞台も芸術も極めれば芸術。命をかける価値がある素晴らしい世界。
でも、どれほど頑張っても虚構。私の目にはそう映ってしまったの。向いてなかったのね。
同時に、利益のためにだまし、だまされ、演技がバレれば身を切らなければならない。そういう世界の存在にも気づいていたんだわ。
(4巻 p138)

強い主義主張や宗教があるわけでもなく、子供もいない。家族のためにお金を稼ぎたいってわけでもない。
今時珍しく腰の入ったパンチを打つ商売相手が現れ、それも女の子! 会って話してみる。楽しい。私が武器を売る理由は……
それで十分だわ。
(4巻 p171)

その意味で彼女もまた、異端と言えるでしょう。


武器商人の極端であるキャスパーは人間を、武器を持ったらもう捨てることはできない存在だと考えています。あるいは、一度手にしたらもう捨てることができないのが武器と考えている、という方が武器商人という商売を心底楽しんでいる彼のメンタルには近しいでしょうか。武器の持つそのような性質について、ヨナはこう言っています。

暴力なんて全然関係ない人だって、目の前に武器があったら――だんだん心が荒れて、自分も信じられないような行動をしてしまったりする。
そういう悪魔みたいな力が武器にはあるんだ。
ココが売っているモノは、そういうモノなんだよ。
(2巻 p79)

それを補足するように、あるいは論駁するようにココは、

「最も多く銃を持っている人間は?」
「軍人だ。」
「残念ハズレ。
民間人だ。なんと全世界の銃の60%を一般市民が握っている。10人に1人が武装している。
37%が軍隊、残りが警察…… メディアが大騒ぎの反政府武装集団、彼らの銃なんか0.1%にもならない・
きみは昼間、言った。「暴力に関係ない人も武器を手にすると凶暴になる」と。
暴力に関係ないひとなんて、いったいどこにいるというのか。」
(2巻 p134)

ヨルムンガンド」計画に大きく噛んでいる南博士はこう言いました。

武器に関わるとろくなことがない。「自ら進んで」でも「強制的に」でもたった一度触れると、呪われ、
巨大な歯車の一枚の歯となってしまう。そんなイメージだよ。私一人が岩みたいに固くなって「子供が喜ぶロボットを作りたい」と言ったところでものともしない。砂のように噛み砕いて、回り続ける。
(4巻 p11)

また、元SR班の日野木も言及しています。

「見捨ててはいない。武器を手に戦いたいという、彼らの願いを実現させた。」
「同時に、キャスパーの願い、ココさんの願いもかなえさせたと?」
「俺の願いも、だ。
一つ悔いを独白するなら……
組織の変質を止められなかった。武器売買を主財源にしたSR班だが、武器が変質をもたらした。」
(8巻 p146,147)

ヨルムンガンド」を発動することで、制空権を一手に握り、物流さえも完全に支配する。そんな世界をココはこう夢想する。

でも考えてみて。空は近代まで退行する。近代の空と退行した空。その違いは、かつて自由に飛べた空を、戦いに明け暮れた結果、人類自らの手で塞いでしまった事実。朝見上げたら。ふと鳥をあおいだら。常に頭上にのしかかる人類の恥。
それでもまた人間は戦うかな? 私は戦わないと思う。
(11巻 p178)

が、キャスパーは一笑に付します。

この世から武器がなくなると、本当に思うか? ココ。
航空兵器がダメなら海戦兵器を売ろう。船がダメなら戦車を売るよ。銃を売ろう、剣を売ろうナタを売ろう。鉄を封じられたらこん棒を売ろう。
それが我々武器商人だ。
(10巻 p140,141)

ココの夢想は、数々の登場人物、それどころか自分自身さえ口にした武器の恐ろしさを無視しています。彼女がヨナを冷笑した「「お世辞」と「希望」」がそのまま自分に返ってくるようなものです。人は恥を知っているから、飛べなくなった空を見上げれば戦いはなくなる!かも!
リアリストのようで、根本のところでは夢を見るココ。果たしてココは、人間が空を失ったにもかかわらず争いを止めなかったときに、また新たな方策を考えることができるでしょうか。ただでさえ人一人の身には余る大それた願い、作中でも精神のバランスを欠いた様子を何度か見せた彼女が、再び顔を上げることは難しいのではないかと思います。
それに対してキャスパーは、徹底して武器商売のことしか考えていません。彼が自分で言うとおり、「航空兵器がダメなら海戦兵器を」「船がダメなら戦車を」「銃を売ろう、剣を売ろうナタを売ろう。鉄を封じられたらこん棒を売ろう」と、何かが封じられたところで逆にそれを商機とし、また別の商品を売ろうとするでしょう。キャスパーは自分のやっている商売になんの嫌悪も無く、地に足をつけて楽しんでやっている。
ああ、きっとココとキャスパーの最大の違いは、この点なのでしょう。武器を好きか嫌いか。才能ある武器商人にもかかわらず、ココは武器が大嫌い。シンプルなこの一点のために、ココは異端の武器商人であると言えます。引き裂かれんばかりのその矛盾は、「フラフラと「矛盾」したことを喋ってもイイのは、数多の職業の中で武器商人だけ」と彼女自身に言わせ、武器が嫌いなヨナを「時にこれを憎んでいたことを忘れそうになりながらも」武器商人との旅へ結び付けていました。
翻ってキャスパーとの二年間は、ヨナの心に「限りなく、武器を憎」ませました。それはきっと、キャスパーが武器を大好きな普通の、そして極端の武器商人だから。

いやぁ、手こずった手こずった!点火してくれてよかったよ!
最新鋭の武器を流しまくった甲斐があった!
両軍潰しあってくれたなら、パイプライン建設のスキが生まれる!
(11巻 p110,111)

戦争が始まったことを無邪気に喜ぶキャスパー。これでもっと武器が売れるから。快哉を叫ぶ彼の背後で黒煙を上げる街を、ヨナは虚無的な目で眺めていました。
ヨナはおそらく、異端のココ以外の武器商人のもとで長く働くことはできないのでしょう。生きるために嫌いな武器を手にしなければいけないという矛盾に引き裂かれながら武器を手にしている彼だから、矛盾に引き裂かれながら武器を売る彼女に魅かれていたのだと思います。
二年間のキャスパーの部隊での生活を離れ、ヨナはココのもとへと帰りました。矛盾は解けない。二年前にココに突きつけられた問題の「答え」も出ていない。でも、彼女の傍にいることを選んだ。矛盾を、解けない問いを抱え続けることを肯定した……・
ココとキャスパーの関係性、というよりは、武器商人として異端のココと極端のキャスパー、という話になりましたが、まあそんな感じなのかなーと。
来月には高橋先生の新刊が出るようで、とても楽しみです。



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