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それぞれの孤独を抱える男の娘たちが交錯する『ぼくらのへんたい』の話

まりかにパロウにユイ。とあるSNSで出会った三人の少女は、オフ会で初めて顔を合わせることに。入った喫茶店で、ぎこちないながらも徐々に会話が弾み始めたところで、不機嫌そうなユイの一言で場は凍る。
「お前らさあ なんで女装なんかしてんだよ」
そう、少女たちは皆、女装した少年、いわゆる「男の娘」だった。彼らが出会ったSNSも男の娘専用のもの。さらに暴言を重ねて立ち去るユイ、暴言に傷つくまりか、まりかを慰めまた会おうと声をかけるパロウ。傷心のまま家路についたまりかは、下着一枚で姿見の前に立ち、ユイの暴言を噛み締める。
「そんなに気持ち悪かったのかな」
三者三様の想いでなされている女装。それぞれの想いは誰と、どのように交錯していくのか……

ぼくらのへんたい(1) (リュウコミックス)

ぼくらのへんたい(1) (リュウコミックス)

ということで、ふみふみこ先生『ぼくらのへんたい』レビューです。既に二度ほど『ぼくらはへんたい』とタイプミスしたのを慌てて修正してるあたり危険なタイトルですが、中身もそれなりに危険。より正確にいうなら、それなりに危険な方向へ傾きかねない兆候がありあり。でも、その危うさがイイ。
主人公のまりかこと青木裕太は、ちょっと夢想がちなピカピカの中学一年生。学ランを着ても「詰襟が来たくて男装している女子に違いない」と言われるほどのかわいい男の子。そんな彼は、物心ついた時から自分が男であることに違和感を覚え、いつか人工的にでも女性になろうと決意しています。言ってみれば、本気で女性になりたい男の子。
パロウこと田村修は、中学三年生の生徒会長。成績優秀で人当たりもいい彼は二年前のある時、二歳上の当時の生徒会長(♂)に対する好意と憧れをごっちゃにしたまま、学園祭での女装喫茶でのメイドコスをしていたことも一つの要因となって、生徒会長に告白をしてしまいました。それからなしくずしに性行為をすることになったのですが、初めての強烈な感覚に気を失い、その中で夢を見ました。それは自分が前世でニンフォマニア、つまり色情狂の女性だったという夢。その夢に囚われて以来、彼は他人のぬくもりと快感を求めるようになったというのです。言ってみれば、女性として性的快楽を得たい男の子。
ユイこと木島亮介は、裕太と同じ中学の二年生。整った顔立ちをしてはいるものの性格は粗雑で、普段の態度からは女装などには結びつきそうもない。でも彼は女性の服に身を包む。それは自分の母親のため。亮介の母親は娘、すなわち亮介の姉をあまりに溺愛していたために、彼女が死んでしまった時、その死を認めることができなかった。だから彼は、姉の服を身に着けた。幸い顔だちも似ていたので、ウィッグもつけて、死んだ姉である木島唯として振る舞うようになった。精神のバランスを崩した母のために。言ってみれば、やりたくもない女装をしなければいけない男の子。
このように、三者三様の女装理由があります。ユイがまりかやパロウに会おうと思ったのは、他の人間はどういう理由で助走をしているのかが知りたかったから。自分と同じような理由で、したくもない女装をしている人間がいるのかどうか。こんなことをしているのは自分だけなのか。自分は一人なのか。それを知りたくて二人に会うことにしたのに、いざ会ってみたらまりかもパロウも女装について楽しそうに話している。ユイはショックだった。やっぱり自分は一人だった。その思いが口を衝いたのが「お前らさあ、なんで女装なんかしてんだよ」でした。悔しさまぎれの、腹立ちまぎれの捨て台詞。
でも、本当はちょっと違う。まりかもパロウも、一人じゃないわけじゃなかった。女装に対して肯定的でも、それがその人間を孤独から引き離すわけではない。
まりかは、女の子的なものへの嗜好が災いし、同年代の人間から距離を置かれ、友達と言えるのは幼馴染のあかねと手持ちの人形たちだけ。自分の抱えている嗜好に対して引け目しかありませんでした。
パロウも前述の性癖について、よもや周りの友人たちに言えるわけも無く(性行相手の元生徒会長には言っていますがそれは、彼とは人に言えないことを共有しているという関係だからでしょう。パロウの性癖を暴露しようと思えば、彼自身が女装した男性と性行為をしていることを言う羽目になってしまいますから)、ずっとひた隠しにしていました。三者三様の女装は、三者三様の孤独でもあったのです。
再び会合を持った三人は、それぞれが孤独を抱えていたことを知りました。孤独を共有できるわけではないけれど、孤独なのが自分だけではないとわかったのです。そして、まりかの家に集まった三人ですが、ユイが帰った後にパロウがまりかに接近して……というところで1巻は終わっています。
絵柄はかわいらしく、まりかちゃんなんかもうきゅんきゅんなのですが、そのかわいさゆえに、各人の孤独の描き方がひりついてくる。妄想に更けるまりかが現実に引き戻されるシーンなんか、笑っていいのかぞっとすべきなのか、反応に困ります。
上で「それなりに危険な方向に傾きかねない兆候」と書きましたが、イメージとしては、原っぱで少女たちが手を取ってらんららんと遊んでいるのだけど、その原っぱには深い落とし穴が掘られていて、それを知りながら素知らぬ顔で遊んでいる子もいれば、そんなこと知らずに無邪気なまま遊んでいる子もいる。見てるこっちはいつ彼女らが穴に落ちるのか、その時どんな反応をするのかを考えるとはらはらひやひや、みたいな。
このはらはら感が次巻の期待をいや増しますね。
そしてあとがきによれば、タイトルの「へんたい」はアブノーマルな意味での「変態」だけでなく、虫が幼虫からサナギ、そして蝶へと変化していく「変態」の意味もあるのだとか。まだ若い、いっそ幼い「変態」の彼らは、いったいどのように「変態」していくのでしょうか。
ところでふみふみこ先生、「さきくさの咲く頃」の第二話はいつですか?


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