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いつか出会うかもしれない不安定な女たち 『女たちよ』の話

好きになった人を殺さずにはいられない女。空を飛べる女。何か我慢する事があると寝ている間にガラクタを生み出す女。あるいは、兼業主婦として充実した毎日を送っている女。義理の娘と毎年一回は旅行をすることにしている女。歌手として精力的に活動している女。
いい女悪い女。普通の女おかしい女。美しい女醜い女。十人十色の女たちが見せる、不穏で不安な短編オムニバス……

女たちよ(1) (モーニング KC)

女たちよ(1) (モーニング KC)

ということで、川島秀雄先生の『女たちよ』のレビューです。
この作品については、前回の『空が灰色だから』の記事で軽く触れましたが、改めてレビューしたいと思います。
私がこの作品を読了した時に感じた何よりの印象は、息苦しさでした。読んでる最中も一息に読みきることはできず、二回ほど休憩を挟まなければページを繰る気力が萎えてしまう、そんな強烈な息苦しさ。女性にまつわる短編オムニバスということで『空が灰色だから』との共通点がありますが、あちらは帯の惹句にも「心がざわつく」とあるように、精神的な圧迫感。ですが本作は、むしろ心臓を握るような身体的な圧迫感でもってこちらに迫ってくるように感じました。
果たしてその息苦しさは、何に由来するのか。
おそらくそれは、息苦しさと共に抱いた印象である、血の臭いに由来するところが大きいものでしょう。実際に人死にや流血沙汰が登場する話も多いのですが、そうじゃない話でも、どこか血なまぐささがある。それは暴力の影であり、もっと端的に言えば死の予感。女が死ぬかもしれない。女の周りの人間が死ぬかもしれない。人間じゃない別の生物が死ぬかもしれない(もしくは死んでいる)。そんなことを思わせる描写がそこかしこにあり、それが実際に誰かが血を流している描写とあいまって、作品全編に血の臭いを漂わせている。血の臭いは鼻孔を通り、気道を通り、肺胞を満たす。酸素を取り込むのを邪魔するかのような、血の臭い。
そしてその血の臭いとは、女性が抱える月経という不安定さの発露ともリンクしているのかもしれません。不安定さ。これもまた、本作品にからみつく印象です。
ここで言う不安定さは、バランスがとれていないことではありません。むしろ作中の女たちは、主観的にはバランスがとれている者ばかりかもしれません。でも、それを読んでいるこちらは、危なっかしく思わずにはいられない。まるでコロラドのアーチーズ国立公園にあるバランスロックのように、それ自体は普通のつもりで恬としていようとも、周囲と対照すれば見る側は不安を抱くしかないのです。
あるいは、この不安定さは登場する女だけのものでなく、各話それ自体が現実の世界と対照して不安定なのだとも言えるでしょう。常識の平均台から足を滑らせた女たちと、その女たちを受け容れる周囲の世界。もし自分の目の前にそんな女がいたら、きっと自分はそんな受け容れ方をできない。でもこの物語は受け容れて回っている。その歯車のずれが、読み手に不安定さを喚起させる。
そんなことを思いながら、もしかしたら、今そんなことを思っている自分のすぐ近くにいる女、恋人でも母親でも姉妹でも娘でもだれでもいいけれど、その女こそ、他人に不穏な不安定さを抱かせながら、本人は何も問題なく安定しているのかもしれない。そんなことを考えだすとどうにも怖いし、そんなことをつい考えだしてしまうような作品なのです。
講談社コミックプラスの会員であれば試し読みができるので、まずはそちらで読んでみておくんなせえ。


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