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『ヨルムンガンド』「世界が好き」なヨナが拒絶し、選んだ「世界平和」の話

以前書いた『ヨルムンガンド』の記事でこんなコメントをいただきました。

初めまして。原作ヨルムンガルドについて触れていたので拝見させていただきました。
最終巻についてなのですがヨナのヨルムンガルド計画への反発と部隊離脱、そこから最終回での計画への同調についてどのようにお考えでしょうか?
私はアレを見た時直前の部隊離脱と三巻でのヨナの「それでも僕は世界が好きなんだ」という台詞はなんだったのかと考えてしまいます。
お返事いただければ幸いです。

コメント欄で書くと長くなってしまいそうなので、ちょっと遅くなってしまいましたが、記事の体裁でお返事させていただこうと思います。

ヨルムンガンド 11 (サンデーGXコミックス)

ヨルムンガンド 11 (サンデーGXコミックス)

とりあえず、ココの計画「ヨルムンガンド」について簡単にまとめておきましょうか。
それは、「HCLIが打ち上げた126機の衛星「衛星測位補助システム」」と、ココと「天田南博士が開発した量子コンピューター」によって、「空、海、陸の順の人間の行動制限と、地球上のありとあらゆる物流の完全制御」を目指すもの、端的に言えばそれは「人間と軍事を切り離す」ことによる「強制的世界平和」です。
特にココが考えていたのが、量子コンピューターというオーバーテクノロジーを独り占めする事で航空管制権を一手に握り、(ほかの)人間が空を飛べないようにすること。

でも考えてみて。空は近代まで退行する。近代の空と退行した空。その違いは、
かつて自由に飛べた空を、戦いに明け暮れた結果、人類自らの手で塞いでしまった事実。朝見上げたら。ふと鳥をあおいだら。常に頭上にのしかかる人類の恥。
それでもまだ人間は戦うかな? 私は戦わないと思う。
人間、恥には弱い。それがサルと人との違いでもあるが。
(11巻 p178)

本作のラストは、ココが「ヨルムンガンド」が発動するスイッチを押すところでフィナーレを迎え、彼女の予測がどうなっているかは描かれていません。個人的な感想を言えばそれはずいぶん怪しい話だなとは思いますがそれはともかく、彼女の仲間たちはその予測、というか理想に、あるいはココ自身に共感し、最期まで彼女の周りにいました。でも、ヨナだけは彼女のその計画を聞かされた直後に一旦離反し、二年のブランクの間に自分の心に整理をつけた上でココの下に戻ってきました。
そのヨナの心理の推移が、コメントでいただいたお題なわけです。
さて、そのヨナとはいったいどういう人間だったのでしょうか。

父さん母さんを殺したのはああいう試作型の戦闘機、新型の爆弾――
武器を考える奴、造る奴、売りさばく奴、使う奴。
僕は永遠に憎む。
(1巻 p5)

武器、武器商人、暴力を憎むが、それでも強い少年兵。
(11巻 p21)

武器を、暴力を憎むけれど、自分が憎むそれを手にして生きざるを得ない少年。そんな二律背反を抱え込んでいるのがヨナです。
彼は武器を憎む、暴力を憎む。そして、それに晒されるし、それを手にせざるを得ない。でも、それを内包する世界を愛さずにはいられない。

僕はキャスパーに何日もコンテナに閉じ込められたんだ。
その前に僕も基地にひどいことをした。
殺すばかりで誰も助けられない。哀しいことだらけ。空腹で死にそうな中、「僕は世界から嫌われてるのか?」って。
でも、どうしてなのかよくわからないけど、それでも僕は世界が好きなんだ。
(3巻 p58)

根源的な部分で、ヨナには世界への信頼があります。それが何に由来しているのか、明確なところは描かれていません。雄大な自然への畏怖の念*1か、辛いものばかりではない仲間たちとの記憶*2か、とにかくヨナの根底には、「世界は決して自分を嫌っていない」という信頼があり、それが「世界が好き」という言葉につながると考えられます。
では、そんなヨナがつき従っていたココとはどんな人間なのか。
世界的な海運会社の社長の娘。天才的な武器商人。昔の仲間から言われたことを守り、常に笑顔を絶やさず何を考えてるか悟らせない。
本作で主人公格のココですが、ある具体的な業務上の行動指針はともかく、仕事に臨むスタンス、この仕事を通して何をしたいかなどが終盤までほぼ描かれません。それが、「ヨルムンガンド」の計画を公にし、ヨナが叛意を表明した時に彼女の内心はこぼれ出します。

私は世界が大嫌いだよ、ヨナ。
どこ行ったって戦争、戦争。道端に死体が転がってて嫌い。武器が嫌い。こんなズルい道具で脅された時の感情、思い出すだけで頭が割れそうになる。
軍人が嫌い。特に命令には絶対服従なんて思考停止してる奴とか、ガスで膨れ上がった死体より臭い。
戦争で子供が死んで悲しみに満ちてみて、次の年にはまた子供作っちゃったりしてて、「この子を戦士にするぞ」とか言ってんの、もうアホだよね。人間が嫌い。私も同じ動物なのかと思うと絶望するよ。
(11巻 p16,17)

ヨナとは正反対の、世界に対する圧倒的な嫌悪。それがココの根底にはあります。
嫌悪、嫌悪、嫌悪。でも、そんな彼女の裡に希に芽生える憐憫と負い目。

でも私が売った兵器で死んだ人間だけは哀れみ、申し訳なくおもった。武器商人である私が嫌い。逃げられなかったんだ。
だが才能があるようで・・・・・・・・金はバカスカ舞い込んだ。
(11巻 p18)

だから彼女は考えた。

ある時ひらめいた。この金をすべて平和のために使ってやろう。戦争で死んだ者の魂が私を許す唯一の言葉、「あなたたちの死を糧にして、私は世界平和を作り上げた」だ!!
(11巻 p18)

世界が嫌い。戦争が、武器が、暴力が嫌い。それに関わって生きる自分も嫌い。そんな彼女が閃いたのが「世界平和」。武器がなくなれば、自分が嫌悪する武器商人という自分も居なくなる。嫌いなものだからそれをなくしたい。まるで子供のような短絡的な発想。でも、それを可能にするお金が彼女にはあり、実行に移すだけの狂気もあった。

世界はラッキーだよ。これだけ世界が嫌いな私が、世界の破壊ではなく、世界の修繕を望んだことがね!!
武器のない世界なら、少しは好きになれるかもしれない。
(10巻 p19)

そんなココは、常にヨナを身近に置いてきました。それを枷と捉える者といたし、「ココが丸くなるのでは」と危惧する者もいた。ココ自身は後者の考えに当たらずとも遠からずと感じていたけれど、その本心はもっとシンプルだった。

私につき従え、ヨナ。
私、ヨナだけは大好き。君は本当の私と似た者同士。わかり合えるよ。
(11巻 p20)

嫌いな世界の中だけで、ヨナだけは大好き。それは、自分と似た者同士だから。
ヨナとココのどこが似ているのか。

武器、武器商人、暴力を憎むがそれでも強い少年兵。
兄から聞いた時、信じられないほど心が躍った。
(11巻 p21)

ヨナの抱く二律背反。おそらくそこにココは自分との共通点を感じました。
武器を嫌いながら武器を手に生きるしかなく、しかもその才能があるヨナ。
武器を嫌いながら武器を売って生きるしかなく、しかもその才能があるココ。
世界が好き/嫌いという根源が正反対でありながら、アンビバレンツを背負って生きる点で二人は同じ。
ココは武器商人の子供して生れ落ち、満足に学校へ行かず戦場を渡り歩いて生きて来た。彼女が出会う人間は、それが敵であれ味方であれ、顧客であれ商売敵であれ、必ず暴力や武器と共に生き、そこには様々な形での割り切りがあった。割り切りがあったということは、迷ってはいなということだ。武器や暴力でで生きている自分を、肯定でも諦めでも受け入れている。そういう世界で生きて来たココにとって、迷いながら銃をとるヨナは、初めて会った「似た者」なのだ。
だからココは、ヨナの手を取る。

ヨナから多くを奪った憎き空が潰れる瞬間を、世界が平和になる日を、新しい世界を私と生きていこうヨナ。
(11巻 p23)

でも、ヨナはその手を離した。彼は確かに武器を嫌って、暴力を嫌って、それがなくなればいいと思っていたのに。
ヨナは、自分でその理由がわからない。

わからないよ。僕は頭が悪いんだ。何一つ言い返せない。
ココは正しいの? 間違ってるの? 僕はイヤだ。でもなんでイヤなのかもわからない!
逃げ出すしか方法がない。
(11巻 p33)

ヨナはわからない。自分が世界を好きな理由も、ココの言葉がイヤな理由も。突きつけられた己の不能に、ヨナは逃げ出した。
ヨナがココの手を離す前に、「ヨルムンガンド」に対して反発したのは、この計画が発動する事によって(それが世界平和につながる(かもしれない)ものにもかかわらず)人死にが出ることが前提とされていたからです。

「確かに全世界同時飛行禁止で犠牲は出るよ。でもこれから死んでいくであろう人数と比べるとちょっとなモンだよ。あ、もう返信来た!
現在、飛行機等で空中にいる人々は68万3822人だって! たった70万人 それがどうかした? ヨナ」
「そんなの絶対にだめだ、ココ!!」
(10巻 p184〜188)

「世界平和のために死んでくれ」 そう言い放つことをヨナは許せなかった。
おそらくヨナは想像している。世界平和のために死ぬ人間にも係累がいて、仮に世界平和がもたらされようとも遺された人間は悲しみを背負わなくていはいけないということを。
なぜヨナはそう想像したか。それは、ヨナ自身が遺された人間だからだ。世界平和どころか、局地的な紛争のために彼の両親は死んだが、理由など関係なく、人の死は係累に悲しみを背負わせる。もちろん、ヨナが今まで殺してきた人間にも係累はいる。でもそれは、目の前で自分が殺した人間。自分が誰を殺したか、ヨナは知ることができる。「ヨルムンガンド」によって死ぬ人間が、どこのだれかわからない。数字としての、無名の70万人。でも、そのそれぞれにヨナの知ることのできない顔がある。きっとヨナは、その責任に耐えられなかった。どこの誰が死ぬかもわからないから、どこでどれだけの人間が悲しむのかわからない。見ることもはかり知ることもできない悲しみの責任に思いを馳せ、ヨナは反射的に「ヨルムンガンド」を拒絶した。たぶん。
まあ拒絶の理由は私の想像ですが、なにはともあれヨナは拒絶した。拒絶したけど、ココを説き伏せられる言葉など持たず、それどころかヨナの根源はココによってあっさりと切り捨てられる。

まさかヨナも、今の世界ってけっこうパーフェクトに近くて、そんな残酷なコトまでした変えるべきでないとか思ってる?
君の言葉「世界が好き」
これって「お世辞」と「希望」でしょ? みんな一人一人ちょっと優しくなればすごく世界は輝きだす!かも!
フフーフ。残念だが、それは、ない。
(11巻 p13,14)

ヨルムンガンド」には生理的な反発を覚え、自身の根源は否定された。でも、ココの言うことに理は感じざるを得ない。世界平和はそこまでしなければ訪れるないのかもしれない。どうしたら、どうしたら。
刹那の逡巡の末の、逃亡でした。
逃げたヨナと、残ったそれ以外のメンバーの差については、天田博士が端的に言っています、

通過儀礼みたいな。ジッサイ子供にはキツい難問だと思うわ。大人は全員ついてきてくれたんでしょ?
理解に時間がかかるってことあるわけ。だからあんまりヘコんだ顔すんなよー。
(11巻 p58)

他のメンバーは、第67話での会話を見れば、各人が各人の理由でココの計画に納得し、賛意を表明しているのがわかります。彼らは長年戦場を歩き、武器に触れる、暴力に携わる人間としてのスタンスは既に確立していた。目的に対する是非はあっても、銃をとること自体に迷いはない。ヨナは矛盾を背負ったまま銃をとる。その差でしょう。
ヨナがココの下を離れ、キャスパーの下で働いていた空白の二年。その間に何があったのか、詳細は描かれていません。ですがその期間はヨナに、少なくとも考える時間は与え、考えは深化しています。それが現れているのが、第2話の冒頭と第68話の最後に登場するヨナの独白に見られる、ほとんど同じながらも決定的に違う個所です。

この世界は鉄と火薬でできてるんじゃないかって思えるほど、僕らの道には武器があふれている。人を殺すためだけに進化する道具を握りしめながら、限りなく、武器を憎んだ。僕は武器商人と旅をした。
(強調は筆者による。 下の引用部も同様)
(1巻 p57〜59)

この世界は鉄と火薬でできてるんじゃないかって思えるほど、僕らの道には武器があふれている。人を殺すためだけに進化する道具を握りしめながら、時にこれを憎んでいたことを忘れそうになりながらも、僕は武器商人と旅をした。
(11巻 p113,114)

実はこの独白、前者が第一巻で登場し、後者が最終巻で登場しているにもかかわらず、作中の時間軸としては後者の方が先になされているのです。なぜそれが言えるかといえば、第2話で独白しながら銃を放り投げているヨナと、最終話でキャスパーの車から降りて銃を投げ捨てたヨナは同じシーンを描いたものだからです(ヨナの行動や服装、周囲の情景からそれは判断できます)。最終話は第68話の2年後ですから、当然第2話のそれよりも時間軸では先に起こったことなのです。
つまり、ココのチームで活動していた間のヨナは、武器は憎む物でありながらも、そのことを忘れてしまうような状況下にあった。武器は、そういう思い出で共にあるものだった。でも、何があったかはわからないけれど、キャスパーとの2年の間にヨナにとって武器は「限りなく」憎いものになった。それはもう、それがなくなる世界の為なら数十万の犠牲も致し方ないと思えるほどに。
ヨナは二年越しにココの下に戻った時、こんな会話をした。

「2年考えて答えは出たか? ヨナ!
私と世界 頭イカレてるのはどっちだ!!?」
「それで本当に平和な世界が来るのか?」
「あっはっは! 知るかァ!! 未来のコトなんて!!」
(中略)
「僕は世界も、ココも、イカレてると思う。
でも僕はココについていくよ。」
(11巻 p176〜180)

ヨナは世界が好きだった。そしてココも好きだ。ヨナが好きなどちらもイカレている。でも、好きなものをより好きなものにするために(それは、嫌いなものを少しでも好きにするために、というココの動機と似て非なるものかもしれませんが)、武器のない世界のための犠牲を肯定した。ヨナは自身の葛藤を受け容れ、一つの答えを出したという点で、彼は大人の階段を登ったのです。もしかしたらそれは、イカレた階段を登ったのかもしれませんが。


とまあやたら長くなってしまいましたが、こんな感じなのかなあと解釈してみました。予想通り、コメントで返せるレベルの分量ではなかったですね。返信が遅かったのでもうコメント主さんは見られていないかもしれませんが、これが私なりの解釈でございます。



お気に召しましたらお願いいたします。励みになります。
一言コメントがある方も、こちらからお気軽にどうぞ。

*1:たとえば貨物船のマストの上から見る広大な大洋、飛行機の先端から見下ろす絶景の森林、ボスニアの雄大な山岳地帯。自然に感動するヨナの様子は何度となく描かれています

*2:ココの下から逃げ出した後、キャスパーに拾われた車の中で思い出していた記憶が、ココのチームの笑顔で締められていたというのは、それが一番印象深かったことを象徴しています。