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『ハチワンダイバー』『3月のライオン』将棋しかない人間が将棋以外のものを得るためにはどうすればいいのかという話

新刊が出たばかりであるところの『ハチワンダイバー』と『3月のライオン』。私が集めてる将棋漫画がこの2作品しかないので、他の作品を参照する気が無いのはご寛恕願いたいのですが、それはそれとしてこの2作品、主人公のスタンスにおいて共通するところがあると思うのです。

ハチワンダイバー 24 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 24 (ヤングジャンプコミックス)

3月のライオン 7 (ジェッツコミックス)

3月のライオン 7 (ジェッツコミックス)

ハチワンダイバー』の主人公であるところのハチワンこと菅田健太郎と、『3月のライオン』の主人公であるところの桐山零。二人が二人とも、自分には将棋しかないということを強く意識しています。

将棋だけがプライドだ 僕の背骨・・が折れる
プロを目指した人間の中には たかが将棋・・・・・に負けて命を絶った者もいる
ダメになる
この負けで人生ごとダメになる
ハチワンダイバー 1巻 p26,27)

忘れるな!!!
僕は何で出来てる・・・・!?
情けないほど将棋だろ!!!!
将棋を抜いたら価値は0
そんな人間が…
将棋で引いて 何様だ!!!!
(8巻 p18〜21

…えーと
僕は本当に将棋にしか特化してないんです 人付き合いも苦手だし
勉強は好きだけど 学校にはなじめませんでした
人生を早く決めたことは後悔していません…
3月のライオン 2巻 p48)

解ってるけどできねーとか言うんならやめろよ!! 来んな!! こっちは全部賭けてんだよ
他には何も持てねーくらい将棋ばっかりだよ 酒呑んで逃げてんじゃねーよ 弱いヤツには用はねーんだよっっっ
(p186,187)

かたやプロになることのできぬまま、それでも将棋にかかわり続けずにはいられない人間。かたやプロになったはいいけどどうしたいのか自分でもよくわからなくて、でも一度乗ったレールからはもう降りられないでいる人間。プロという一線でくっきりと明暗が分かれていますが、将棋しかない自分に鬱屈したものを抱えている点は同じなのです。
そしてそれだけでなく、将棋しかない自分が欲しがった将棋以外のものも、将棋を通してしか得られないという点も、彼らには共通しているのです。
プロになれなくても将棋から離れることができず、素人相手の賭け将棋をたずきにずるずると生きてきた菅田。そんな彼が、おそらくは生まれて初めて将棋以外に強く惹かれたもの、それが自分を負かした女である中静そよでした。そよもまた、将棋しかない人間。将棋でもって自分の家族を崩壊させた鬼将会=谷生を潰そうとしている人間。菅田は彼女が(メイドでない時は)将棋にしか興味がないことを知っています。だから、将棋が強くないと彼女の傍にはいられない、いる価値がないことも理解している。

将棋と肩を並べるほど あなたが好きです
でも …でも僕が好きだって事 あなたを好きだって事 
その事についての… へん… 返事はしないで・・・・・ください!
僕が勝ち続けている間だけは 僕を嫌わないででください
ハチワンダイバー 5巻 p103〜105)

だまっててくれ
でも 言ってる事はわかる
弱い男が 受け師さんの隣に居るのはおかしい
(11巻 p92,93)

菅田の真剣の師である二こ神の言葉を借りれば、「必死で積みあげてきたもののとなりに一秒で座る」のが、今菅田が求めようとしている「女」なのですが、それさえも将棋を通じてでしか得ることが、それどころか近くにいることができない。なんとも皮肉な話です。


そしてそれは零も同様で、子供の頃から人付き合いの苦手だった零にとって家族が唯一の心の拠り所であり、将棋も本来は苦手なものですらあったのに、忙しい父親と一緒に過ごす時間を増やすためにと一生懸命頑張っていました。いわば、人とのつながりを得るための手段としての将棋。それは、彼一人を残して家族が事故で亡くなり、父親の友人であった棋士・幸田、彼は零にとって家族以外では唯一「大人なのにちゃんとボクは「語りかけて」くれ」ているとわかる人間だったのですが、その彼に引き取られてからも変わりませんでした。

父は将棋を愛していた 
――良くも悪くも全てが「将棋中心」だった だから 彼を愛する者は 強くなるしかなかった
彼の視界に入り続ける為に…
3月のライオン 1巻 p173)

零が求めていた家族=親密な人間関係。実の家族の時は、特に父親とのふれあいのために将棋を続けていましたが、それがなくとも家族は家族としてあれたでしょう(量は少ないですが、それが可能であると思わせる母親や妹の描写があります)。ですが家族を喪ってからは、新しい家族である幸田家で暮らすために将棋を続けなければいけなくなった。少なくとも零はそう思い込んだ。
にもかかわらず、零が将棋に打ち込めば打ち込むほど、新しい家族は崩れていった。幸田の二人の実子よりも将棋の才を見せた零は、「良くも悪くも「将棋中心」」である幸田の関心を、こと将棋の面においては二人以上に買い、結果、彼女らは父親の愛情を零にとられたと思うようになった。だから零は、その崩壊が決定的なものになる前に幸田家を出て、一人暮らしを始めたのです。そして、一人でも生きられることを望んだ。早く大人になることを願った。
既に1巻の段階で、零の求めるもの=家族の愛情は将棋でしか手に入ることは無く、そしてそれに打ち込んだからこそ求めたものが崩壊する運命にあった、というこれもまた皮肉でしかないものが示されています。
ですが、川本家との出会いで零に変化が訪れました。将棋とは関係のないところで彼を受け入れてくれる彼女らに、零は「今まで平気だった日常がすっごく寒いところなんだって気づかされ」るような居心地の良さを感じます。そして、そんな彼女らに恩返しをしたい、頼られたいと願うようになり、さらには教師の林田や二海堂との関係性も通じて、人に頼ること/頼られること、人は他の人との関係性の中で生きているということを意識し、内面化していくのです。
そうすると、零の求めていたものは将棋以外のところで得られたということになりそうですが、彼が求めていたものはそれだけではありません。将棋を始めた当初は無かったけれど、自分には将棋しかないと思い、その道を進むことを決めたことで生まれた疑問。それは、「無傷では決して辿り着けるわけもない世界 僕が「勝つ理由が無い」とか「なのに負けるとくやしいのはなんでだ」とか言いながら 目を背けていた世界」を「独り両足を踏みしめて往く人」しかわからない「ゴールの向こう側についての物語」。将棋しかないのにプロの世界でくすぶっていた零の心に、ずっと蟠っていた疑問でした。
「独り両足を踏みしめて往く人」、自分とはまるで違う、ひき込まれるような一手を打つ人を、零は島田八段と後藤九段の対局を見ながら「自分を信頼している人間」と表現しています。そんな人間であった島田だからこそ、零は彼に「どうしても聞きたい事」があった。研究会に入れてほしいと頼んだ。
ここに現れているように、零にとって「自分を信頼している人間」とは、他人から頼られる人間であると言えます。ここでいう信頼は、自分の能力・性質・性格を理解しているということです。自分が何を持っているか/持っていないかを理解しているから、それを補うために誰かを頼れる。それが自分を信頼している人間です。島田は宗谷名人との対局のために、歳も段位も下である桐山にブイエスを頼みました。また、零が尊敬しているあかりも、ひなたのいじめ問題に直面し、「……ダメだな 私は」と自分にないもの、できなかったものを自覚していますし、零に対して「ほんとに イザとなったら 頼っちゃうからね!?」と頼ることにためらいがありません。
だから零も、自分を信頼するためには、誰かに頼れるようにならなければならない。そのためには、自分がどこが強くどこが弱く、どこなら一人で出来るし他人から頼られても平気だけど、ここは頼った方がいい、ということを知らなければならない。そのために、将棋しかない自分の、将棋の部分をよく知らなければならない。「自分を信頼している人間」も、誰かに頼られる人間も、大人も根は同じです。それになるために、零は命を振り絞るようにして将棋をしなければならないのです。


「自分にはこれしかない」と言える人間は少ないでしょう。多かれ少なかれそれ以外のものはありますし、菅田や零にしたところで、必ず将棋以外のがあるはずです。でも、当人としてはないと思い込んでいる。ならば、そのような人間がそれ以外のものを得るためにはどうすればいいのか。この二作品には、そのような側面もあるのかもしれません。



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