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『ぼくらのよあけ』二つの「友達」とそこを渡る者の話

『ぼくらのよあけ』強化月間の一区切りの記事です。

ぼくらのよあけ(2) (アフタヌーンKC)

ぼくらのよあけ(2) (アフタヌーンKC)

この作品のテーマということで、前回の「変化」に続き、今回は「友達」を軸に読んでみたいと思います。
作中には、非常に対比的な「友達」の関係性が登場します。
一つは、「二月の黎明」と悠真らの関係です。彼らの関係性は、裏表のない、からっとしたものになっています。もともと悠真、真悟、銀之介は、住む人も減ってきている同じ団地に住む、歳の近い幼馴染。良い子悪い子普通の子という3ポジションに上手く収まっている彼らは、全力で遊びをして全力で楽しめる、気心の知れた間柄です。そんな彼らと出会った「二月の黎明」は、悠真らに誠意を見せるために、情報を開示し、自らの自爆コードさえ渡しますし、悠真たちは彼の願いを聞き届けるために奮闘します。その関係性は、悠真が「一生の友達」と表現するほどに、永続的で、深く厚いものとなりました。
そして、それに対比されるのが、真悟の姉であるわこのクラスの関係性です。閉鎖的な社会で密な関係をつくるために、お互いをルールで縛り、それに外れる人間を「敵」として関係凝集のためのスケープゴートとする。スケープゴートは誰でもいい。昨日までは「親友」だったはずの人間でも、タブーを犯せば簡単に「敵」となる。密なくせに脆い、非常にストレスフルな関係性です。
そして、その両者に関わったのが河合花香でした。
おそらく年度の初めに転校してきた彼女は、当初こそ父親が小説家ということでクラスメートからちやほやされましたが、この時代のSNS上で家族向けに漏らした一言を誰が見つけてきたのか挙げつらわれ、手のひらを返したようにクラスで孤立しました。「クラスの敵」という小学生が背伸びしたようなネーミングといい、その中身といい、幼稚ないじめではありますが、やられている当人にとっては果てしなく深刻なものです。

――ああ……
……死にたい
……もうあの学校嫌だ……
早く夏休みになればいいのに そしたらお母さんとまた会えるのに
(1巻 p167,168)

そんな最中に彼女が出会ったのが悠真らでした。自分のことを何も知らない相手。素直に自分に頭を下げてくる相手。重苦しい日常から逃がしてくれるような相手。そんな相手だから花香は、事情もよく知らぬままに悠真らに会おうとしたのです。それも、自分もその関係性に入れろという条件付きで。
悠真らに会いに行く時に彼女が精いっぱいのおしゃれをして行ったのは、学校とは違う自分になりたかったからでしょう。圧倒的な居心地の悪さを感じるクラスで自分のお気に入りの服なんか着たくないというのを、「けがれる」という言葉で彼女は強く表現していますが、それはつまり、どうでもいい服で通うクラスは自分にとってどうもでいいものと規定しているということです。そうじゃない服で行くのだから、そこはクラスとは違う素敵な場所、お気に入りの服に行くに相応しい場所であってほしいという願いがあったはずです。
実際、彼女が出向いた悠真らの関係性は、「バカでいい」「楽」な「男子」的なもので、クラスでの関係性とはまるで異質です。自分の願った通りの場所であったから彼女は、お気に入りの余所行き服を着ながらも、川でカエルをとってみたいなどと言ったのです。余所行きの勝負服も、男子のするようなバカな遊びも、自分のいるクラスとは違うという点で共通しているために、年頃の女の子なら忌避しそうな服の汚れも、彼女は辞しませんでした。
でも、そこにいた真悟は、クラスメートである岸わこの弟。クラスの自分なんか知らないはずの場所で、クラスとつながってしまった。嫌いなやつの弟だからと言う言いがかりにも近い理由で、彼女は悠真らから離れます。
でも、それが言いがかりだというのは自分自身でわかっている。でも、いったん口から吐いた言葉はもう戻らない。それどころか、行動をどんどん加速させていく。自分の感情を置き去りにしたまま。だから自己嫌悪に陥っている。
そんな花香の心中を、彼女の母親は的確に指摘します。

花香はそういうさ…… 悪いことしても謝れないようなやつらが嫌いなんでしょ? クラスの子たちみたいな
だったら そうならないようにしたらいいじゃない
(2巻 p34)

クラスが嫌いだからそいつらから離れた関係が欲しかったのに、そこで自分が嫌いな人間と同じ立場になってしまった。
母親の助言から、悠真らに謝ろうと思った花香だけど、その矢先に悠真からなんともぐっだぐだな宥和を求められ、その態度に、やはり「男子ってほんと馬鹿だよね」と、「男子」的な関係性に心ほぐされたのです。
こうして再び男子の関係性(学校以外の関係性)に入った花香。折よく学校も夏休みに突入しましたが、それと入れ替わるように「クラスの敵」の立場に陥ったのが、真悟の姉であるわこでした。ささいな失言から「敵」となったわこは、以前自分が花香にしていた仕打ちをそのまま受ける羽目になります。
それ以前から彼女は、クラスの関係性にストレスを感じてはいました。

あ――――…… 沙梨香最近ちょっとうざいな――
けど沙梨香はユーリと親友登録してるしユーリから親友切られたらまずいしな―― うっかり親友にするんじゃなかった

ヤバッ すぐ返信しないとヤバい
(1巻 p213)

それはあたかも、ブタなのにブラフのみで突っ張り続けるポーカー。自分らの関係を縛るルールは、増えれば増えるほど破った時のリスクが大きいし、守り続けることも難しくなる。耐えきれなくてゲームを下りた人間は、高い掛け金を払わなければならない。
あるいはカイジの鉄骨渡り。先へ進めば進むほど鉄骨は先細っていき、集中力はより高いものが要求される。気を抜いたものは「敵」の立場に転落してしまう。
だからわこは

「気持ち悪いよ!! そういうの なんなの? みんながみんなの顔色うかがって空気読んで
あんなのが友達なんて 本気で思ってるの? ホントに気持ち悪い 私だって あんたなんか大っっっ嫌い」
「――そういうとこがムカつくんだよ!! えっらそうに あんた 最初から他人と仲良くする気なかっただろ」
(2巻 p85,86)

と、花香の言葉を否定することができず、それどころか暗黙の裡に肯定した上で彼女を個人攻撃するしかなかったのです。
わこが「敵」となったことで、花香はクラスの関係性を「友達」でも「敵」でもなく、外から見られるようになりました。その感想は

…………
ああ………… 
なんだかなあ
(2巻 p179)

と、馬鹿にするような、呆れたような、肩透かしを食ったような、そんなものでした。歯止めを知らずにいじめを加速させるクラスメートも、かつての「親友」からいじめられる現在の「敵」も、スケープゴートの「敵」がいればそれは誰でもいい、昨日までの「親友」でもいいという中身のない友達関係も、馬鹿らしくてしょうがないのに、夏休みが終わればまたそこに帰っていかなければならない。それは、地球まで1万2000年もかけて「友達になるためにきた」宇宙船と比べてなんとちっぽけなものなのか。

……笑っちゃうよね
地球の中でだってこんなに難しいのに
(2巻 p241)

作中で何度も対比されるように描かれた二つの関係性。河合花香は、その両方を知ったキャラクターでした。だからこそ、最期に「友達」になることの難しさを漏らしたのが彼女だったのでしょう。


連載の中で、花香のクラスの関係性が好転したというわけではありません。夏休みが終わった後に、住む場所も学年も違う彼女が悠真らと遊び続けるかも少々疑問です(なくはないと思いますが)。「クラスの敵」となったわこに対する万引きの冤罪という行き過ぎたいじめも、花香の機転によりあわやというところで防がれましたが、それによりわこの立場が良くなるとも思えません。その意味で、悠真らとナナコ、「二月の黎明」の「友達」と、わこらの「友達」で明暗分かれてしまったようですが、それでも微かな光明として見えるのが、2巻の表紙です。悠真とナナコの背景で、メインキャラクター全員が屋上にいるという作中ではありえなかった絵ですが、シルエットで小さく見えるキャラクターの数はナナコを含めて9人。左の三人は、28年前に「二月の黎明」を宇宙に帰そうとした大人組。そして、ナナコと悠真の間に残りのキャラクターがいるのですが、ナナコの左足(腕?)に半分隠れているのが、おそらくはわこなのです。というか、それ以外に該当するキャラクターがいない(右から、銀之助、花香、悠真、ナナコ、真悟、そしてわこ)。
考えてみれば、第一話の扉絵でも顔の見えてる悠真ら三人と背中合わせで輪を作るようにして、後ろ姿のキャラクターが二人いたわけで、それがわこと花香であることは、最終話まで読めば自ずとわかります。明確に「友達」の輪が広がると描かれているわけではありませんが、そのような想像の余地があると考えるのは、穿ち過ぎというほどではないでしょう。「地球の中でだって」友達を作るのは難しいと花香は言いましたが、彼女が属した二つの「友達」の関係性のキーパーソンが揃った中で、その地球を外から見ているというのは、何か示唆的であるようなないような。


ということで、『ぼくらのよあけ』に対する雑文はこれにて一区切りとなります。たいていの作品は、読み込めば読み込むだけ何かを汲み出すことができるのでしょうが、その汲み出せる量は結局のところ、自分がその作品とどれだけ波長が合うか、ということによるのかと思います。『ハックス!』といい『ぼくらのよあけ』といい、今井先生の作品は、私に何か読み取れと執拗にサインを送ってくるのです。



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