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漫画の話です。

『ぼくらのよあけ』漫画における、人間と、人間ぽいけど人間ではないものの顔の話

全10回の集中連載を終えた、今井哲也先生の『ぼくらのよあけ』。

ぼくらのよあけ(1) (アフタヌーンKC)

ぼくらのよあけ(1) (アフタヌーンKC)

ぼくらのよあけ(2) (アフタヌーンKC)

ぼくらのよあけ(2) (アフタヌーンKC)

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現在からちょっと未来のこの作品には、オートボットと呼ばれるロボットが登場します。最新鋭A.I.の搭載されたこの家庭用アンドロイドは、家庭内の家電製品の管理、通信の管理を主に担っているのですが、そのインターフェイスには普通の人間と変わらぬ高度な会話能力が備わっています。その精巧さは「宗教上の理由で販売が禁止される国・地域や、逆にオートボットに人権を求める団体なども登場」するほどです(1巻 p118)。
オートボットとして作中で大きな活躍をするのが、主人公・悠真の家にいるナナコ。

(1巻 p10)
彼女の顔の造作は、他のオートボットよりも人間らしいものとしてデザインされています。
参考;河合家のオートボット・デンスケ

(2巻 p11)
一見シンプルなナナコの造作ですが、実はけっこう慎重な配慮があったのではないかと想像します。
なぜかというに、人間のキャラクターの顔と、人間ぽいけど人間ではない彼女の顔には、どうにかして差を作らなければならないからです。
読み手にとって漫画はひとしなみに二次元の世界ですが、漫画のキャラクターにとってはそうではありません。作品内で存在するキャラクターは、その世界を三次元として生きています。だから、(三次元の)読み手が(二次元の)作品内の事物を見て抱く感覚と、(二次元の)キャラクターが(同じ次元の)作品内の事物を見て抱く感覚は、必ずしも同じになるとは言えません。ですから、読み手が見るナナコと、作中のキャラクターが見るナナコは、同じ姿であると言えるわけではないのです。
もし『ぼくらのよあけ』を実写化したら、人間のキャラクターは人間が演じ、オートボットはCGで表されることでしょう。その時、ナナコの顔は原作通りの顔、二次元の絵をそのままCGで表す形になるでしょう。『もやしもん』がドラマ化された時に、菌たちは漫画のデフォルメそのままにCG化されましたが、それと同じことです。
ですが、もしナナコの顔が人間のキャラクターと差別化せずに造形されていたとしたら、実写化に伴うナナコの顔は、人間と同じものになってしまう。小さな機械の身体に人間の生首が据え付けられる格好になってしまう。理屈ではそうなる。だって、ナナコは作中で人間達と同じ次元にいるのに、(明らかに人間と差別化されているデンスケとは違い)顔の造作が人間と差別化されていないのだから、その顔は人間と地続きのものになるはず。ま、あくまで理屈ですけど。
でもナナコの顔は、人間ぽくはあっても、人間とは差別化されています。それが、瞳がなく、鼻もない、人間のキャラクターに比べて簡素な造作。
実はこの造作、今井先生の前作『ハックス!』に登場した人間のキャラクターと同じ種類のものになっています。

ハックス! 3巻 p147)
女子高生である柚子ちゃんです。彼女とナナコの造作の類似性は見ての通り。目に瞳がなく、鼻がないというのは、他のキャラクターには見られない造作です(ちなみに、人間である柚子ちゃんよりナナコの方が表情のバリエーションが多いです。というか柚子ちゃん、びっくりするくらい表情が変わらない)。
もしこの造作のキャラクターが、『ぼくらのよあけ』中に人間として登場したらどうなるか。前述したように、オートボットであるナナコと人間の顔が同じ次元に存在することになってしまいます。ナナコと人間の顔が地続きになってしまうのです。
それを避けるために、前作では人間に使ったこの造作が、本作ではナナコにのみ使用されています。人間ぽいけど人間とは違う、この微妙な匙加減を今井先生は簡素な造作で表現していますが、その造作を他の人間のキャラクターには用いないことで、差別化ができるのです。これで『ぼくらのよあけ』が実写化されても、ナナコの顔を漫画のままCGで表現することが可能、というか、理屈の上で齟齬が生じないのです。
言い訳のように何度か書いていますが、これはあくまで理屈の話。もしナナコと同じ造作の人間がいたとして実写化されても、まあ普通にナナコはCGで漫画の絵のままに表現されるでしょう。それでもきちんと人間と差別化されているあたり、意図してでもそうでなくても、作品世界の辻褄が上手くあっているなと思うのです。
ちなみに『ハックス!』では劇中劇でアニメが登場しますが、このキャラクターの造作は『ハックス!』本編の人間達と同じものです。それでも特に齟齬が生じないのは、劇中劇が劇中劇であると、はっきり作中で明示されているからです。劇中劇と本編の次元が異なっているのがはっきりわかるので、キャラクターの造作が同じでも問題はありません。


今回は内容と直接関係のない話を書きましたが、本編についての感想まとめ等はまた後日書きたいと思いマッスル。


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