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パンデミックが変えた世界で彼女は逃げる 『アーサー・ピューティーは夜の魔女』の話

20xx年、あるバクテリアを原因とする感染症が南米で発生する。突然変異を起こしたそれは空気感染するようになり、世界中で流行、パンデミックとなった。症状は、初期は悪寒・発熱・激しい嘔吐、次いで昏睡。そして目覚めた後、身体にある変化を来した感染者は、非感染者を見つけては襲い、虐殺するようになる。感染することのなかった令嬢アーサー・ピューティーは、従者のアタルと共に、いつ終わるとも知れぬ逃避行に出る。感染者たちにより一変した暗黒の世界。彼女たちに明日はあるのか……

ということで、コミックフラッパーで不定期連載中、木々津克久先生『アーサー・ピューティーは夜の魔女』のレビューです。
できればこの本は、上のあらすじだけ知った状態で読んでもらいたい。レビューをしようと思ったら、どうしても第一話で明かされる仕掛けに触れなくてはいけないから。まあもともと読み切り掲載の作品ですし、この仕掛けを説明しないことには話は進まないのですが、それでも私自身前知識なしに読んで「おおっ」と唸ったので、できれば。
一応収納した上でレビューを続けますが、パンデミックのもととなったバクテリア、人間に感染して生死にかかわらないくらいの症状を現し、昏睡から目覚めた後の人間に、さらにある変化をもたらします。それは、知能指数と体力の大幅な増加です。
結果、何が起きたか。
人間たちは、自分たちが別の存在によって搾取されていることに気づきました。怪物、魔物、あるいは神と呼ばれていた存在。それらは実在し、気づかれないよう裏から人間たちの行動を操り、己に都合のいい世界を作り上げていたのです。人外にして人間以上の存在と、彼らによる支配を知った感染後の人間たち。その衝撃は大きく怨みは爆発的に広がり、非感染者、即ち人外たちに牙を剥きました。人間による虐殺は、精神に変調を来したゆえの同族殺しではなく、被支配からの解放運動だったのです。
感染者たちに追われていたアーサー・ピューティーも、人外の一人。最強の三人の魔女の一人と呼ばれる彼女さえも、もともと数に勝り、その上知能と体力まで飛躍的に増加した人間たちに真っ向から対決する術はなく、従者であるゾンビーのアタルと逃げ回るしかありませんでした。
本作は、言葉通りの魔女であるアーサーの逃避譚。人間が人間から逃げるのではなく、人間以上だったはずの人外が人間から逃げているお話。必然的に視点はアーサー側のものであり、人間たちは自分たちを狩るもの、敵対するものとして映ります。一見すればアーサーたちに肩入れしたくもなりますが、しかし彼女ら自身、自分たちが支配者であったという自覚がある。人間たちを搾取してきたという自覚が。また、搾取ではなく人間たちを導いてきた、神と呼べるような存在もいましたが、人間にとってはそんな事情は関係ない。自由だと思っていた自分たちが、実は籠の中の鳥に過ぎなかった。その事実だけで、人間が怒るには十分だったのです。
追う理由も追われる理由も、受け手には理解されるようになっている。その上で受け手は読み進めなければいけない。この災厄に終わりはあるのか。この惨劇に正当な結末はあるのか。どういう幕引きなら自分は納得できるのか。そんなもやもやすることを考えながら。
このもやもやをはっきりと燻りだすのが第六話。この話で、世界がアーサーたちに牙を剥いたその理由を知った彼女は叫びます。

アイツは「世界中の人」と言った……
その中に私達は入っていない だから……
この偽善者め……… お前が世界を滅ぼしたんだ!!
お前こそ……… お前こそが悪魔だ!!
(1巻 p182)

1巻をここまで読んでこのセリフを目にすると、思うのです。
「人」って誰のことだ。「善」とは誰にとってのものだ。「世界」は誰が住むものなのだ。
人外の魔女であるアーサーがこれを叫ぶことで、何重にも重なった形で問いが生まれるのです。
フランケン・ふらん』(レビューはこちら)もそうですが、木々津先生は極端な設定の作り方が実に巧妙。読んでて腑に落ちるような落ちないような、ぬぅーんとした感覚を与えてくる。もちろんいい意味で。一話完結で話が進んでいくのも、読みやすくていいです。エログロ度は『ふらん』より少なめ。他の木々津作品からもゲスト参加しているキャラクターがいて、私はそちらの作品を読んでいないのですが、既読の人はまた違った感想を持つかもしれませぬな。
不定期連載なので2巻の発売がいつになるかはわかりませんが、期待して待ってます。



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