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命は地球より重い、のか?  『フランケン・ふらん』の話

世紀の天才科学者・斑木直光。世界中を飛び回って研究を続ける彼の、日本の研究所を守って居るのは、彼の最高傑作・・・・である美少女外科医・斑木ふらん。博士譲りの知識と技能で、彼を頼って研究所を訪れた人の願いを、彼女は代わりに聞き届ける。その願いが叶うことでどんな結末がもたらされるか、一顧だにせず……

フランケン・ふらん 1 (チャンピオンREDコミックス)

フランケン・ふらん 1 (チャンピオンREDコミックス)

ということで、木々津克久先生の作品『フランケン・ふらん』のレビューです。
まあ正直なところ、万人にお勧めできる作品ではないです。
なぜって? グロいから。
画像を引用する事さえ憚られるその絵面、せめて言葉だけで表現を試みてみますが
・腕を八本に増やしたフランが外科手術を行い、脳、眼球、脊髄その他諸々ごと患者からぶっこぬく
・交通事故でほぼ即死の美少女が生き延びるために胴体を芋虫のそれに変えられる
・包帯でぐるぐる巻きの女性の中身が触手ぐちょぐちょのイソギンチャク
・全身が虫で出来ている不死人
・知性を持ち大繁殖したゴ○ブリ
……まあこの辺にしておきましょうか。飲食しながら読むのはちょいとばっかしきついです。
逆に言えば、その手のものが好きな人にはたまらないのかもしれませんが、私はそうではない。それでも「この作品おもしれーなー」と私が思うのは、主人公・ふらんのぶっ飛んだ生命倫理からなされる手術が、あまりにもろくでもない結末をもたらすからです。
ろくでもない結末が面白いというのも変な話ですが、たとえば、遺産目的のために殺した我が子をなんとか形だけでも生かそうとした父親がふらんにそれを依頼する。父親の作り話に涙を流すふらんだが、一度生命活動が完全に停止した人間のそれを再開させても、死ぬ前の人間との記憶・情報など、いわゆる個性の同一性が保てるかと言えばそれはまず不可能であることを彼女は知っている。そして、「人間とは何か」を考える彼女が選んだ答えが、父親の脳と息子の脳をサーキットでつなぐこと。決して息子が生き還ったわけではないが、父親は思考をするときに必ず息子の脳を経由するため、彼の情報を常に拾うことになり、まるでいつでも息子と一緒にいるように感じる。生きている息子を見ることができなくても、少なくともこれで、息子と常に一体感を感じることができる。これがふらんの「人間とは何か」に対する一つの回答。まあ、彼女自身「これは詭弁」と言ってはいるのですが、依頼者であった父親の望みは、ふらんの倫理観の上では叶ったことになる。もちろん、父親に待っているのは、自分が殺した息子と死ぬまで一心同体の地獄のような日々。
ほら、ろくでもない結末。
でも、結末がろくでもない以前に、父親の願いがろくでもないんですよ。自分が殺した息子を遺産が欲しいから生き還らせろだなんて。それに美談を糊塗してふらんに依頼、疑うことを知らないふらんはその願いを叶えようとするが、その形は決して美しいものではなくて。
これだけ見るとただの因果応報ですけど、そうではないものもある。殊更落ち度のない人たちでも、ふらんの手にかかればろくでもない未来が待っています(ごくまれにハッピーエンドもありますが)。死んだ人を生きかえらせる。気軽に自分の身体を整形しようとする。人身売買で金儲けをする。不老を望む。技術的にも倫理的にも、まだ人間の手が届いていない世界に覚悟もなく踏み入れて、失敗したから誰かに助けを求める。たまたまふらんという、助けとなる技術と目的を大きく裏切る倫理観を持つ少女がいる。その両者が噛み合うことで、ろくでもない結果が生まれる。
命は地球より重い。非常に素晴らしいお言葉です。でも、それ本当?
命を助けるために、人間をまるでおもちゃのように扱う。
「それでもね 甘いって言われても… 私は死を放ってはおけないのよ」
「命は星の数ほどあってはかないけど それでもとても貴重なものなんだから…」
両方ともふらんの言葉ですが、そう言う彼女がしたことは、研究所を襲いに来て返り討ちにされた10人の瀕死の人間を、つなげてつなげて五頭十身図(参考;明治時代の医療系木版広告ポスターがグロすごい -カラパイアの一番最後の画像)よろしくにして、生かす。なにはともあれ生かす。患者らが「殺してくれ」と呻こうとも生かす。
命は星の数ほどあるし、はかないけれど、とても貴重なのだから、研究のためには無駄に出来ないのだから、生かす。
あるいは、手術が成功し患者が満足しても、その後に患者が想定していなかった方向へ身体が変貌することを十分承知していたところで、患者がそうして欲しいと望んだのだから施術する。
それが、科学者としてのふらんの倫理。もはや悪ふざけ。ただ、普段まずお目にかかることのない悪ふざけを目の当たりにするからこそ、読んでるこちらは、命ってなんだ、生きるってなんだ、人間てなんだ、などという答えの出ない問いを、グロさに身震いしている鼻先へ突き付けられるような気がします。
あと、グロいのに女の子は可愛い。グロの中にいる美少女は、泥中の蓮ほど爽やかなものではなくて、たいがいその少女自体がグロの只中にいるものだから、むしろラフレシアみたいなもの。密林の中で腐臭を放ちつつ花弁を広げるのだけど、その腐臭についつい惹きつけられてしまう。ヴェロニカかわいいよヴェロニカ。
というわけで、面白いけどいささかお勧めしづらい『フランケン・ふらん』。何はともあれ、一度試しに読んでみてほしい作品です。


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