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異形の生命と、光と闇と、人間と 『25時のバカンス』の話

体内に新種の貝を宿してしまった深海研究の才媛にして変わり者である姉と、子供の頃の事故で目を損傷してしまった、カメラマンとして世界中を旅する年の離れた弟が久しぶりに一緒に過ごす休暇を描く『25時のバカンス』。土星の衛星パンドラにある女学園でアウトローを気取る少女のもとにやってきた、無口な女の子『パンドラにて』。期待されすぎる自分の未来が見え透いていることに絶望した少年が北へ北へと進み、そこで出会ったのは地元で大人気の青年。けれどその青年は実は……『月の葬式』。異形の生命との交流を描く、市川春子先生の短編集。

25時のバカンス 市川春子作品集(2) (アフタヌーンKC)

25時のバカンス 市川春子作品集(2) (アフタヌーンKC)

ということで、市川春子先生の短編集2作目である『25時のバカンス』のレビューです。前作『虫と歌』のレビューはこちら
何といいますかね、わかりづらい漫画です。特に私のような、初読時は熟読ではなく勢いで読むようなタイプは、小さく描かれている情報を見落とすことが多く、また、後で描かれる描写を読んで先のシーンの意味がようやく分かったりと、何度となく頭にハテナを浮かべ、ページを行きつ戻りつし、難渋な顔をして一話を読み終わるのですが、でも間を措かずもう一度初めから読みたくなる、そんな作品です。この意味はなんなのか、意味があるのかないのか、そこに意味があったのではないのか、そういうことを知りたくて何度も読み返してしまうような。
どの話にも、人間以外の生命体が出てきます。彼/彼女の常識には、人間と通じるものもあり、まるで違うものもあり。『25時のバカンス』では、海洋博士・西乙女の体内に住みついた深海の貝が奇妙かつ劇的な進化を遂げ、彼女の体を変性しながら奇妙な同居をしています。『パンドラにて』では、土星の衛星で採取された菌が動かすロボットが、アウトローの才媛・二条ナナの子供時代の友人でした。『月の葬式』に登場するナイスガイは、奇病によって死滅しかけた月の人間の最後の一人でした。
彼/彼女らと交流する人間たちには戸惑いもあり、親しみもあり、おかしみもあり、そして時として物の見方の違いに慄然とする。そんな思考/志向/嗜好のすれ違いの中で浮かび上がる何かがある気がして、ついつい手が伸び、そしてまた何か月か後に再び手に取る事でしょう。前作『虫と歌』もそうでした。
特に好きなのは、表題作でもある『25時のバカンス』です。他の話もそうなのですが、この話は特に、造形的・視覚的表現が優れていると思います。主人公の弟であるカメラマン・甲太郎の子供時代の怪我は彼の左の白目を真っ赤に染め上げ、一生残る疵となったのですが、ために彼はオッドアイどころではなく、左目が白黒反転した絵で表現されています。

(p17)
この目同様、昼と夜、光と闇が強いコントラスのもとで描かれています。p28,29の、甲太郎が乙女の写真を撮るシーンなど、そのコントラストから彼/彼女の心理が透けているようで、実にすばらしい。
乙女の体に住む貝達を甲太郎に紹介するシーンも、猟奇的なようでコミカルなようで、なにはともあれショッキング。そこでも光と闇のコントラストが、彼女の異形さを際立たせています。
『月の葬式』で、優秀さゆえに自分がこのまま親の希望に沿って大学に行って医者になって、という未来が容易に予見できてしまう高校生が、その息苦しさにさまよってやって来た北の果ての駅、夜の闇の中で、街灯と、光を反射する積もった雪と、線路の先に見えた光明。これもまた、光と闇のコントラスト。p230,231の大スペクタクルは言うまでもないでしょう。
また、青年が侵された奇病は、まるで蓮コラのようなグロテスクさ。マジで。病状が進行した姿は、嫌いな人なら本を投げ捨てかねないほど。そしてそのグロテスクさこそ、青年を人間ではないものと強烈に意識させます。
上手い絵というよりは巧い絵。何かがありそうなことを意識させる絵。その「なにかありそうなこと」を知りたいと興味をそそられるか、なんか変なのとうんにょりするかは人による作品かもしれません。実際、読みやすいと言える作品ではないと思いますし。それでも、一読していただきたい作品なのです。
先日紹介した『女の穴』を読んだときは、市川春子先生の作品が好きな人はこれもいけそうだな、と思いましたが、本作を読んでも、この作品が好きなら『女の穴』もいけるんじゃないか、と思いました。興味が湧いたらそちらも是非どうぞ。


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