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漫画の話です。

見えない穴の向こうに何を思うか『女の穴』の話

自分は宇宙人で、地球人と子供を作れと命令されているのだ、と男性教師にセックスを迫る女子高生「女の穴」。密かに思いを寄せていた兄が事故で急死したら、自分の後頭部に人面疽として蘇った女子高生「女の頭」。教え子(♂)に思いを寄せるチビデブ初老ハゲのゲイ古文教師と、その秘密を知って脅迫する女子高生を両方の立場から描いた「女の豚」「女の鬼」。女の子たちの数奇な性を生々しく描く、仄暗くて仄怖くて仄悲しい短編集。

女の穴(リュウコミックス)

女の穴(リュウコミックス)

ということで、ふみふみこ先生の処女作品集『女の穴』のレビューです。
エキセントリックな表紙の通り、全編に性の匂いが漂っています。エロさとはちょっと違う性。あ、でも、二話目(人面疽の話)の「女の頭」はちょっとエロい。で、その性がエキセントリックなのに、妙に生々しい。空虚な目をして子づくり目的で抱き合う宇宙人女子高生も、人面疽として一心同体になった兄のため手淫に更ける女子高生も、初老教師に自慰を強制する女子高生も、みんなその行為に衒いがなく、自分の目的のために、傍から見れば異常と思われるようなことに邁進する。その本気さが生々しい。
そして、生々しさは簡単に怖さに転じます。生々しいってことは隠さないってことですから。隠さないってことは、普段は見てないもの、見たくないものがそこにあるってことですから。男にとって女は永遠の他人だし、女にとってもそれは同じ。もちろんみんながみんな他人ですけど、同性だからわかるということは、ある(まあ他に、同時代人だから、同じ国だから、同じ宗教だから、同じ言語圏だからわるなど、いくらでもありますけど)。男が女の生々しいところを見せられれば怖いし、女も男の生々しいところを見せられれば怖いでしょう。この作品は、その前者の怖さです。どうでしょう、女性が読んでも似たような怖さは感じるのかな。
絵自体はかなり簡素だし、かわいらしいんですよ。作者は西島大介先生の「ひらめき☆マンガ学校」に参加していたそうで、ああなるほど、っていう感じの。でも、その簡素さがこういう異常さを滲ませた生々しさと絡み合うと、妙な迫力を持って迫ってきます。ソースで味付けを濃くしないから、素材の味がよくわかる、みたいな。
絵の感じといい、悪い意味でなくそっけない空気といい、挟まれる諧謔といい、何かを突き付けるようで明確な答えを用意しないところといい、私は市川春子先生を思い出しました。
そう、悪い意味でなしにそっけなくて、何かを突き付けるようで明確な答えを用意しない。この作品から感じる居心地の悪さと、それと相矛盾するような安定感、それらが心の奥の方ででんと胡坐をかく感じは、その二点に由来するように思います。
悪い意味でなしにそっけないということは、過剰に説明をしないということ。それでいて不親切ではないということ。「何かがそこにはありそう」という感覚を読み手にきちんと感じさせているということ。それはそのまま、何かを突き付けるようで明確な答えを用意しない、に繋がっていくんですけど、明確な答えが示されないから読み手は考える。もしかしたら描き手はたいして意味なんてないと思ってるかもしれないけど、考える。それが心地いい。
大事なのは、「描き手は特に意味を込めてなんかいないかもしんないけど、それでも何かあるんじゃないかと自分は信じたい」と受け手に思わせることです。それができればもう勝ち。こっちは白旗です。
そこに何かあると思えるかどうかは、読んだ後に心に澱が残るかどうかです。普段は心のどっかで静かに沈んでいる感覚が、その本を読むことでふわりと舞い上がり、心の透明度を濁らせる。ああ、自分にはこういう感覚があったのだと思い出させる。そうしてまた沈んでいこうとするものが、心の澱です。そういう意味では、心の澱はその作品を読んで生まれたものではなく、もともとあったものと言えそうですが、澱を舞い上がらせる作品は、気づかぬうちにまた新たな澱をそこに加えますから、やっぱりそういう作品を読むたびに心の澱は増えていくんですよ。
心は透明な方が遠くまでよく見通せるかもしれませんが、濁っている方が生命は多く息づいています。濁りの多さ、澱の多さは、今まで多くの生きた経験に出会ってきた証拠です。普段それが沈んでいるのは日常ではその方が楽だからですが、いざ他人との角逐、挫折、不条理なんかに出会えば、澱の経験がものを言いますし、そうしてまた澱は溜まっていくのです。
なぜ私は、この作品を読んで澱が舞い上がったのでしょう。それはよくわかりません。同じストーリーを別の描き手が描いても、きっと舞い上がりはしないでしょう。その「なぜ」に近づくためにも、澱を残す作品に出会っていきたいものです。
とりあえず『女の穴』。お勧めというよりは、まずは一読してほしい。そう思う作品です。
そして、巻末の描きおろし四コマが好き。


P.S. 「心の澱」については、過去に『ぼくんち』のレビューでもちょっと書いてます。


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