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男の減ったいびつな社会で武家はいかに生きるか 『大奥』の話

奇病・赤面疱瘡の流行のために、男子の人口が女子の1/4まで落ち込んだ江戸時代の日本。そこには、女性がほとんどの仕事を行い、生き残った男性は穀を潰すか、子種を分けるために春をひさいで暮らしている奇妙な社会が生まれた。極端な男子の減少は、歌舞伎も女性が演じる芸能とし、吉原も男性がお金で性行をし子種を与える場所になるなど、文化的にも大きく変容している。
将軍の側室が集う江戸城の大奥。そこさえも男女は逆転し、女性将軍に子供を孕ませるため800名もの男性が仕官している。8代将軍吉宗。未曽有の幕府財政難の中、紀州藩より迎えられた彼女は、江戸城へと足を踏み入れる……

大奥 (第1巻) (JETS COMICS (4301))

大奥 (第1巻) (JETS COMICS (4301))

ということで、よしながふみ先生『大奥』のレビューです。
一言でいえば、男女逆転大奥。江戸城に実際にあった、一人の将軍のために構成される女性だけの世界・大奥。その男女構成をそっくり逆転してみたら、というもの。そして、ただそれを逆転させただけではなく、そうなる必然性を生むギミックを導入し、また江戸城だけでなく社会全体がその状況におかれざるを得ないというのを、しっかり作っています。
男女逆転を生むギミックが、男子のみがかかる奇病・赤面疱瘡。極めて高い致死率のために、男子の人口が女子の1/4まで下がってしまう。男子が家督を継ぎ家を存続させるという日本特有のシステム。その状況下で男子が極端に減るとどうなるか、という思考実験的作品設定なわけです。作中では、女性が男性名を名乗った上で家督を相続するという形をとっています。
物語は、一人の青年の視点で始まります。江戸に暮らす貧乏旗本の一人息子である水野祐之進。情に篤い彼は、幼馴染の大店の娘に「女ったらしの色情狂」と揶揄されながらも、金がなく吉原にも行けない貧乏な女性に一銭も取らず抱かれていた。そんな彼のもとに縁談が舞い込むが、それを蹴り、今まで育ててくれた家族のためにと奉公を決めたのが江戸城の大奥。出世をすれば老中並みの高い俸禄を望める大奥仕えなら、仕送りもできるし、ただ余所に婿入りするよりも家のためになると。大奥に入るなり水野は、清冽な覇気と情の篤さ、それに美貌から、あれよあれよと言う間にお中臈という将軍の側室候補にまで出世した。
折しも幼将軍・七代家継が病没し、紀州から迎えられた吉宗公が八代将軍に就任する。就任後初の総触れ*1にて、ふとしたきっかけで吉宗に目を留められた水野は、その度胸と他と違う裃の取り合わせを気に入られ、将軍の初めての相手となることを命じられた。しかし、正室のいない女将軍の初めての相手となる大奥の男は「ご内証の方」と呼ばれ、畏れ多くも将軍の体を傷つけることになるので*2、密かに処罰されることが法で定められていた。そのことを知った吉宗は、これを奇貨とし現在の幕府の状況、ひいては日本全体の社会状況に疑惑を抱き始める。なぜこの国では女性が男性の名を名乗っているのか。これが当たり前のことなのか。そうして彼女は、一人の老人を訪ねる。御祐筆頭・村瀬。御年九十七の彼は、三代将軍家光の御世から生きる、歴史の生き証人だった。春日局に命じられ、彼が欠かさずつけていた日記を読み、吉宗は歴史の流れが変わり始めたその時を知る。世は寛永九年。謎の疫病が江戸を覆いつつあった……
というところで2巻の家光編に時代が移ります。
社会が大きく変わろうとするとき、その波に巻き込まれ大きく運命が変わる人間がいます。ご落胤の女児という日陰者から初の女将軍なった家光。家光の側室となった万里小路ことお万の方。徳川の血を絶やすまいと暗躍した春日局。多くの人間が、時代の変化を必死で生き延びようとしました。
人一人の意志ではどうしようもない社会の変化。それでも生きなければならない一人の人間としての人。どうしようもなさの中で必死に泳ぐ姿は、醜く、惨めで、残酷で、でもだからこそ美しく、見る者の心を打ちます。
たとえばお万の方。僧として少しでも多くの人を救うことを自分の生きる身と決めた彼は、側室になれという命を固辞しますが、ならねばお付きのものを切ると言われ、現に一人切られて、ついに心折れました。人一人に言うことを聞かせるために他の人間を殺すことをなんら厭わぬいびつさに絶望し、そんな世界で生きねばならなくなった自分にまた絶望します。それでも彼は、大奥の中での身の処し方と、自分が家光のために生きることを心に決め、周囲に翻弄され、自分の意志がままならぬながらも必死で生きるのです。
いびつなifの世界で必死に生きる者たち。美しさも醜さも、強さも弱さもしっかと描くからこそ、そこには説得力が生まれます。


設定以外は史実に基づいているので、日本史をちゃんと勉強していない人間には、人名や固有名詞の乱舞にするっと飲み込めないところもありますが、逆にしっかり読み込めば、江戸時代の前期についてはかなり細かく憶えられますよ。やっぱり歴史は物語として読むと憶えやすいですね。
序盤に出てくる剣戟のシーンや、警護役が素早く出そろうシーンなど、普段よしなが先生が描きなれていないであろう素早い全身運動のシーンではこれはちょっと……的な描写がありますが、まあそれはそれ。
読めば読むほど、意味が深く染み入ってくる作品だと思います。


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*1:毎朝行われる将軍による謁見。作中では、その日の夜伽の相手を決める性格が強い

*2:未体験である将軍の処女膜を破ることになる、という建前。家宣は、甲府宰相時代に既に婿をもらっていた上で将軍となったために、ご内証の方は存在しなかった