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「BUTTER!!!」と「少女ファイト」から考える、「溶け合う」楽しさと「呼吸」の話

アフタヌーンで連載中、ヤマシタトモコ先生の『BUTTER!!!』は高校を舞台にしたダンス部の作品ですが、その中でこんなやりとりがあります。

BUTTER!!!(2) (アフタヌーンKC)

BUTTER!!!(2) (アフタヌーンKC)

社交ダンス初心者である主人公・夏をダンス部の副部長・二宮がリードして、タンゴを踊っているシーンです。

「バッ バッ バターになっちゃいますっ!!」
「――――ふっ!
もっと速く正しく回らないと バターにはなれない」
BUTTER!!! 1巻 p33,34)

社交ダンス初心者である主人公・夏を、ダンス部の副部長・二宮がリードしてタンゴを踊っているシーンです。
ここで夏が言っている「バター」は、もちろん『ちびくろサンボ』で木の周りを回っていたらいつしかバターになってしまった虎たちを念頭に置いているわけですが、その意味するところは、複数の存在が一つに溶け合ってしまうということ。踊っているペアが「速く」「正しく」回ることでバターのように溶け合い、その瞬間の楽しさに夏は心奪われました。
この「溶け合う」という言葉で思い出したのが、イブニングで連載中、日本橋ヨヲコ先生の『少女ファイト』です。

少女ファイト(7) (KCデラックス イブニング)

少女ファイト(7) (KCデラックス イブニング)

「姉ちゃんはなんでそんなにバレーが好きなの?」
「うーん 何だろ 
試合中さ 極限までいくと 人との境目がなくなるの」
「え〜 ウソ〜」
「ホントホント オレがあいつであいつがオレでって感じよ 
人もネットもコートもボールも 自分の一部になった気がするの
こんなに溶け合えるものほかにないわ」
少女ファイト 1巻 p138,139)

主人公・練と、故人である彼女の姉・真理の会話です。真理は、バレーの面白さを聞いてきた練に、「溶け合えるから」と答えました。
この両作品の「溶け合う」という感覚を、少々紐解いてみましょう。
まずは『BUTTER!!!』。
この作品のダンスは社交ダンスで、男女のペアで踊るのが基本です。が、踊る二人がバターのように溶け合うためには、ただ漫然と動くだけでは不可能で、お互いの呼吸を感じなければなりません。

「…ね 荻野目さん 相手の呼吸 感じて」
「呼吸?」
「そう 呼吸
相手がどう動きたいのか感じるの それこそ息遣いとか引っ張られた手の方向 目線の合図 …わかる? 言ってること」
「……相手のことを思って合わせる………?」
「そう 「ひとり」でなく「ふたり」で踊るのだから」
(1巻 p194〜197)

ペアである端場が内向的な口下手さんで、夏は夏で考えなしに言葉が口を突いてしまうタイプ。ベクトルは反対ですが、二人とも思ったことを相手に上手く伝えることができません。ために、初めの内は同じ一年の掛井・柘ペアに遅れをとってしまいます。そこで、夏は二宮から上で引用した言葉を、端場は高岡から

「相手あってのものだからさ パートナーのこと 一番に考えなきゃいけないんだよ 特に男は」
「…じゃ女は」
「もちろん女の人も考えなきゃだけどー 引き立て役さ… ぼくらは」
「エッ」
「でもうれしくない? 自分のおかげで相手が安心して動けてゆだねてくれるの
次は公だよこっちだよとか… …たとえば転んでも受け止めるよとか ……そういうの全部伝わるんだよね 目とか手とかで …そういう瞬間の一体感とかってもう」
(1巻 p195,196)

この言葉を言われたのです。
翌日の練習の最中、二人は初めて一歩踏み込んだコミュニケーションをとります。元々言葉を交わすことの少ない二人ですが、自分の思っていることを伝えるだけでなく、相手が何をどう思っているかを聞くというのはこれが最初。言葉を選びながらなされたそれはまだギクシャクしたものですが、その後の踊りで二人は初めて、踊って「一体感」を覚えるのです。二人で回って溶け合う、バターになるための第一歩。


では『少女ファイト』はどうか。
姉・真理の言った言葉を聞いた練は、当初、それを信じられませんでした。そもそも練は、バレーを好きで始めたわけではありません。

小さい頃は… バレーが苦手でした
お姉ちゃんっ子だった私は姉を夢中にさせてるバレーが嫌で… それでも4年生から始まる部活動は姉の真似をしてバレーを始めました
球は痛いし人は怖いしで全然楽しくなくて よく姉にグチっていたのを覚えています
少女ファイト 4巻 p131)

好きな姉の気を引きたいから、好きな姉の好きなものに負けたくないから、彼女はバレーを始めたのです。そんなネガティブな思いから始めたバレーは、小5にあがる直前の春、真理が交通事故で亡くなったことで位置づけが一変します。

「それから… 半年くらいは何をやって生きていたかよく覚えてません ただシゲルとミチルがよくパス練習に誘ってくれて…
…その時気付いたんです ボールを追ってる時は姉のことを考えるヒマがないことに
――でも いつも嫌なのは部活が終わる時です みんあは早く帰りたがってすぐに片付けを始めますが 私はもっと練習していたいんです …家に帰っても姉はいないから」
(中略)
「どうしてそんなに勝ちたかった?」
「……
…勝ち続ければ それだけ長くバレーをやっていられるからです
バレーは私の中で合法的にとべる薬のようなものです 特に試合の緊張感は一番わたしを姉の思い出から遠ざけてくれるんです」
(4巻 p132〜135)

六年生の時に全国大会準優勝をして、それで名門・白雲山学園中等部に入学して。真理が死んでからの5年間、誰よりもバレーに打ち込んだ練は、にもかかわらずいささかも楽しくはなかったのです。
そんな彼女が変わったのは、黒曜谷高校へ入学してから。実力はあるが変り種の同輩や先輩、コーチとバレーを通して己を見つめなおし、幼馴染のシゲルがどれだけ自分を思っていてくれたかに気づく。そうした中で、練にとってバレーは、「合法的にとべる薬」から、かつて姉が言った「溶け合えるもの」へと変わりつつあります。

やっと
あの時震えた
キャプテンの球が
「ねり―」
(4巻 p140)

キャプテン犬神のあげるトスで練がスパイクを打とうとした時、そこに亡くなった姉が重なって見えました。

あれ
おかしいな 最近
キャプテンのトスの時も姉ちゃんが見えたし…
(4巻 p172,173)

このままいって いいんだ
私 バレーが好きでいいんだ
(4巻 p175,176)

昔は… バレーやってる最中は姉ちゃんのこと考えるヒマがないから… 辛いこと忘れるためだったんだけど……
今は… 私…ホラ  人付き合い下手じゃん なのにちょっとしたことで勝手にさみしくなったりしてタチ悪いんだけど……
バレーでなら自分がここにいてもいいのかなって思えるからがぼ…… たぶん…… ちょっとでも人と繋がりたいんだと思ぶぐ……
(6巻 p113)

今の練にとって、バレーの楽しさは「人と繋が」ること。そしてそれは、実はバレーを始めた当初、姉と練習している時にも感じていたこと。練はそれを思い出しつつあるのです。
真理。シゲル。犬神。そして学。練のバレー人生の中でメルクマールとなるプレイヤー達です。そして彼/彼女らの共通点は、相手の「呼吸」を読むことの大事さを知っているところ。
バレーを溶け合えるものと表現する真理は言わずもがな。
シゲルは男子バレーの監督である榊からは「君はどんな最悪の状況でも考えることをあきらめない 人に合わせるのではなく人を活かすことができる素晴らしいセッター」と、チームメイトの由良木からは「人の動きを優しく操れる人」と評される人間。
「セッターはアタッカーに決めてもらえるようあくまでお膳立てするのが仕事 あんたがいいトスだと思っても アタッカーが打てなきゃ 全く意味がない」「それでも思い通りに動かしたいと思うんなら アタッカーに気づかれないようにギリギリのラインを探る」というのが持論の犬神。
周りの意見や経験を柔軟に吸収し、考えることを止めない学は、練に姉の真理に似ていると言わしめる人間。「最初は小雪の時みたいに背丈とか髪型とか雰囲気がそうなのかなって思ってたんだけど 今は中身が似てるなって」「姉ちゃんはね 私の中で万能な人のまま死んじゃって ずっと越えられないあこがれみたいに思ってたんだけど… でも姉ちゃんにだってホントは辛いことや 学みたいに人の気持ちがわかる裏には悩みもあったんだろうなって」と、学を通して真理を思い返すほどです。
3/4がセッターだというのはなかなかに示唆的で、シゲルや犬神についての言葉が意味を帯びてきます。「人の動きを優しく操れる」「思い通りに動かしたいと思うんなら アタッカーに気づかれないようにギリギリのラインを探る」。これは『BUTTER!!!』で出てきた「呼吸」「相手あってのもの」に通じるものです。ダンス練習の最中に、二宮や高岡はこんな指示もしました。

荻野目さん 引っ張られる方向に回るのよ 端場君はリードすることを意識して
(1巻 p185)

男子は上げた手で進行方向! 女子が考えないで動けるように! エスコート!」
(1巻 p186)

「リード」「女子が考えないで動けるように」相手の呼吸を知り、相手のやりたいことを察して、その上で相手を動かす、誘う。
溶け合うためには、相手のことを考えなければいけない。相手の呼吸を知らなければいけない。人と繋がらなくてはいけない。だって、「ひとりではなく「ふたり」」いなければ、溶け合うことはできないのだから。相手がいるから、溶け合えるのだから。


ということで、「溶け合う」ことと、「呼吸」を知ることのお話と相成りました。『BUTTER!!!』では溶け合うことで楽しさを求め、『少女ファイト』では溶け合うことで人との繋がりを求める。どちらも、ひとりではできないことです。他者とのかかわりと、それを為す自分と。両方を深く描く作品は素敵だと思うですよ。



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