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漫画の話です。

アニメ作りは楽しい!「楽しい」で駆動する高校生達『ハックス!』の話

ハックス!(1) (アフタヌーンKC)

ハックス!(1) (アフタヌーンKC)

高校に入学したての女子高生・阿佐実みよしは、新入生歓迎会で見たアニメに心奪われた。
すごい。なんかすごい。どきどきした。ワクワクした。うずうずした。
自分の心を揺さぶったアニメを、自分もつくってみたい。そう思ったみよしは、アニ研の扉を叩く。同級生の美少年・児島、いまいちやる気のない三年生・後藤と三山、クラスメートや生徒会の人間も巻き込んで、「楽しい」をガソリンに高校生活は回りだす。
こうしておる場合ではないですよ私たち!


ということで、今井哲也先生の初連載作品『ハックス!』のレビューです。今まで『ハックス!』にまつわる記事は何本も書いてきたのですが、そういえばレビューを書いていないことにはたと思い当たりまして。今月発売のアフタヌーンで今井先生の新連載が始まるので、それに先んじてレビューをば。


タイトルにも書いたように、この作品は「楽しい」の感情をガソリンにして話が進んでいくのですが、そのエンジンとなるのが主人公のみよし。新入生歓迎会で見たアニメが余りにも自分の心を強く打ったので、部活動見学を一緒にするはずだった友達を置いてアニ研に駆け出すほどです。同じく新入生の美少年・児島君は、もともとアニメ、というか映像関係に興味があった子なので、アニメ制作をしたくてたまらないみよしと上手く歯車があるのですが、あいにく上級生二人はアニ研に所属しているだけの幽霊部員。他に漫研にも所属している部長・後藤は、同人誌を作ると昔から言っているものの一向に手を出さないような男ですし、三山は三山で斜に構えることがかっこいいと思っているような手合い。それでもみよしは、「楽しい」「わたしもあんなアニメを作りたい」という感情を全面に出し、やる気のない上級生二人も巻き込んでいきます。やる気先行のみよしを、冷静ながら知識がある児島が上手く方向付けしていくのです。
もちろんやる気が、知識があると言っても高校一年生、できることなどたかが知れているのですが、彼女らが最初に手を出したのはパラパラ漫画風アニメーション。実際の風景の一部を少しずつ動かし、それを一枚一枚写真に撮り、連続画にすることで、アニメとしたのです。生徒会で演劇部の先輩にも出演してもらって作ったそれを動画投稿サイト(作中では「二十一世紀日の丸動画」略して「二○動」)にアップすると、視聴数やコメントがちらほらと。誰がどれくらい見てくれたかの反応をダイレクトに味わった後藤は、けっこうな面白味を覚えたのです。

二○動ってその動画を見た人が リアルタイムに書いた感想が見られるじゃないですか
何回再生されたかもわかりますし 自分のアップした動画に感想が目の前に来るんですよ
それ見ちゃうとけっこう 興奮しますよね
(1巻 p193)

こうして後藤も、「楽しい」に巻き込まれていくのです。


そしてこの作品には、主人公みよしの裏側に当たるようなキャラクターがいます。それは、彼女のクラスメートであるハタノさんです。
引っ込み思案で社交性の高くないハタノさんは、絵やいわゆるオタク趣味といったものを他人に知られるのが怖く、一歩を踏み出すことが色々な場面でできません。アニ研に興味があるのにその話題が振れず、みよしが作ったアニメを見てはいいなすごいなと呟くだけ、そしてそんな自分に自己嫌悪。高校に入ったら変われるかもと期待していた彼女を待っていたのは、結局何も変わらない高校生活だったのですが、彼女はみよしとは違う場所、たまたま縁が生まれた生徒会で少しずつ変化していきます。メンターとして振る舞ってくれる生徒会長や、爛漫に付き合ってくれる同輩達。そんな環境の中で、彼女は自分のやりたいことと向き合っていくのです。
人間関係の面で言えば、みよしを軸に、彼女とハタノ、彼女と児島、彼女と三山、また後藤と三山など、対比的な関係性が随所で見られるので、そこに注目していっても面白いでしょう。


「楽しい」で駆動すると言っても、全てが全て、楽しいままで終われるほど世の中甘くありません。文化祭に向けて作品を作っているみよしらの前には、「楽しくない」ことも当然出てきます。「楽しい」をガソリンにして動いている三好にとって「楽しくない」ことというのはとっても邪魔なもの。でも、その「楽しくない」を自分が生み出してしまっているとしたら? みよしは、「楽しい」を楽しんでる自分は周りの人を「楽しくなく」してしまっているのではないかと悩むのです。
楽しんでる自分は正しいのか。楽しい思いをしてない人は放っておいていいのか。あるいは、楽しくさせてくれない人は悪い人なのか。それは正しい/悪いの話なのか。
創作活動でなくとも、何人かで一つのことに取り組んでいれば、誰もがぶつかる大きな問題ですが、それについてこの作品は、みよしを通して一つの答えをきちんと描いているのです。それこそ、その答えが正しいかどうかは人それぞれだとは思いますが、一つの筋の通った答えではあるのです。私は、みよしというキャラクターを通して描かれた作品の中で辿り着いたその答えは、シンプルながらとても好きなものですよ。


また、この作品は作画上でも面白い特徴がいくつかあります。具体的にはこちらの記事こちらの記事で書いているんですが、簡単に言えば、カメラの位置や描線などから生まれる奥行きのある=立体感のある画面構成と、現実の口語に近い(ノイズの多い)台詞や、台詞の伴わない表情などから生まれるニュアンスの柔らかさがあるのです。他の作品にはあまり見られない特徴だと思いますし、これらも『ハックス!』の魅力の一つだと言えるでしょう。


さて、最後にこの作品を象徴するようなみよしの台詞を引用しましょう。

私はきのう あのアニメ観てすごい!ってなったじゃないですか
それで今度は私がそのアニメ観てアニメ作って
そういうのってすごいと思うんですよ!
(中略)
アニメ作りませんか!
たぶん みんなでアニメ作ったらすごい面白いです
アニメのすごい…… すごい!っていうエネルギーを使ってアニメを作るんです!
それでそれであのフィルムも助けられたら最高じゃないですか!
なんか
そういうのってなんか
すごいですよ!
(1巻 p51〜54)

自分の中で沸き立つ感情をうまく整理できないみよし、むくのままの心の叫びです。この生まれたてほやほやの感情をずっと大事にして、みよしはアニメ制作に邁進するのです。


「楽しい」をひたむきに楽しむ高校生。「楽しい」をどう楽しめばいいのかわからない高校生。「楽しい」が「楽しい」だけではいられないことに悩む高校生。そんな色々な「楽しさ」が軽妙な作風の中に充満しているのです。
終盤は少々駆け足になってしまったきらいはありますが、全4巻とお求めやすい巻数になっていますので、未読の方はどうぞ読んでみてくださいな。


参考過去記事
感動の熱量と内容を両立して伝達するにはどうすればいいのか、「ハックス!」を例に考えてみる話
「ハックス!」から感じる「柔らか」な印象の話
「ハックス!」に見る、漫画空間の立体感ある奥行きの話



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