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帝政ローマに蠢く神秘と策謀と腥臭 絢爛濃密な歴史物語『秘身譚』の話

秘身譚(1) (KCデラックス 月刊少年マガジン)

秘身譚(1) (KCデラックス 月刊少年マガジン)

紀元217年、時のローマ皇帝カラカラが暗殺された。爛熟期に入ったローマ帝国では、策謀と、悪徳と、腥臭と、神秘が蠢いている。帝位を簒奪した新帝マクリヌス、簒奪されたカラカラの一族、東方の要地・アンティオキアで暗躍する資産家の集い“夜の辻”の面々、“夜の辻”の一人であるCn・D・ポリオ、そして、ポリオの子飼いの神秘の戦士・エラ。混沌としたこの地で、人々は金を、力を求めて策動する……


伊藤真美先生の新作『秘身譚』のレビューです。
カラカラ帝死後の帝政ローマを舞台に描く、非常に濃厚な本作。正直、帝政ローマについて高校世界史レベルの知識はないと読み進めるのはかなりきついでしょう。五賢帝時代にピークを迎えた帝政ローマであるとか、カラカラ帝が発令したアントニヌス勅令*1とか、当時のローマの領土の広大さとか、隣接していた国であるとか。さして詳しい説明もなしにポンポン出てくるそこらへんの用語や前提知識は、この作品をなかなかとっつきがたくさせますが、しかし、それさえ乗り越えられるなら、ページの向こうに広がっているのは神秘と血腥さに彩られたダークファンタジー。絢爛に、賑々しく、むせ返るような濃密さで描かれるローマ時代の人々が、自らの欲望をギラつかせながら活き活きと動いています。
その中心として描かれているのは、アンティオキアを裏から牛耳る上級特務兵Cn・D・ポリオ。都市の官僚的立場である彼は、表向きは総督の有能な補佐を演じながらも、裏では己の才覚を存分に奮い、“夜の辻”の中心的メンバーとして商業的な繋がりを強め、夜の闘技場では戦士を殺し合わせる陰惨かつ祝祭的な興業を催し、子飼いのものには諜報活動や政敵の暗殺を命じる。
そうして自らの権勢と財力を積み上げるポリオですが、同じく“夜の辻”のメンバーである貿易商・ビディビウスの娘を子飼いのものが諜報の活動中に殺してしまったことで、怒り心頭の彼が新帝マクリヌスに讒言し、ポリオは皇帝に睨まれることになってしまったのです。
しかし彼は、打倒マクリヌスを目論む先帝カラカラの一族に、財と引き換えに自分たち側につかないかと誘われていた。権謀渦巻くアンティオキアで、ポリオはどのように振る舞うのか。
とまあこのような政治的なギラギラした話が進むの同時に、彼の子飼いの戦士・エラが、神秘的な、神話的な存在感を一際放っています。何しろ彼(?)は半陰陽。それもただの両性具有ではなく、月の影響を受けて、性器以外の肉体も男性的/女性的に変化するのです。また、彼(?)は夜の闘技場における屈強な戦士。奴隷として連れてこられたパルティアの戦士たちを、二振りの波状剣でもって悉く惨殺する。そんな彼(?)につけられた二つ名は、「死の女神・ヘカテーの化身」。
いったい彼(?)は何者なのか。ポリオとの関係は?なぜポリオに捨てられることをひどく恐れるのか。謎は積みあがるばかりです。


策謀と神秘の両輪で、この作品はローマ時代を疾走します。キリスト教が徐々に普及し始めながら、ギリシャや東方の宗教や文化、神話も息づく混沌としたこの地、この時代。伊藤先生の稠密な絵が、膨大な歴史資料を背景にむせかえらんばかりの異世界を描き出しています。次巻は来夏発売とずいぶん先ですが、期待大なのです。


ところで伊藤先生、『ピルグリム・イェーガー』の第二部はまだですか?




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*1:帝国全土の自由民にローマ市民権を与えたもの