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「宇宙兄弟」に見る、言葉に重みを与えるシチュエーションの話

前巻ではクール・冷血の権化と思われていたビンスが、南波兄弟やJ兄弟同様、(義)兄弟の約束を胸に宇宙を目指している熱いGUYだということがわかった11巻。相変わらず面白い『宇宙兄弟』ですが、今日はその魅力の一つである、警句と実際の体験・行為の結びつきの話を。

宇宙兄弟(11) (モーニング KC)

宇宙兄弟(11) (モーニング KC)

警句・箴言・金言・格言と、人の口の端に昇り人生の指針になるようなフレーズは昔から言い習わされてきていますが、なぜそのような言葉が胸に迫るかといえば、その言葉が実際に自分の身に起こったこと、あるいはよく見知った出来事の側面を言い当てているからです。ですから、どんなに人口に膾炙する言葉でも、それに比せる出来事を知らなければ自分にとってはただの空言ですし、他の誰もが首をかしげるような言葉でも、それが自分のよく知ってる体験に適合するならば、心に強く残るのです。
宇宙兄弟』でも警句、というか印象的なフレーズがたくさんでてきますが、それがなぜ印象的になるかといえば、物語の中で使われているそれらの言葉たちが、きちんと登場人物たちの体験・行動に関係しているからです。
例えば、第三次試験で六太たちのA班が最終試験に進む二人を選ぶ際、その選考方法に六太はジャンケンを提案しましたが、それは恩師である天文学者シャロンの言葉を思い出してのことでした。

迷った時はね 「どっちが正しいか」なんて考えちゃダメよ 日が暮れちゃうわ
頭で考えなきゃいいのよ 答えはもっと下
ほらムッタ下げて下げて
あなたのことならあなたの胸が知ってるもんよ
「どっちが楽しいか」で決めなさい
(5巻 p11,12)

実のところ、「迷ったら楽しいことを選びなさい」という言葉は、それほど物珍しいものではないでしょう。少し気の効いた中学生あたりなら口にしてもおかしくはありませんし、何かの一側面を如実に言い表しているとも言い難い抽象的なフレーズです。
ですが、それでもその言葉が読み手にとって印象的なものになるのは、その言葉を思い出した六太*1のとった行動、すなわち選考方法としてジャンケンの提案が他のメンバーにとっても受け入れられ(ジャンケンを納得させるための、主に古谷やすしに向けての六太の話もその一要因ですが)、且つそれによって転がったストーリーに盛り上がりがあり、その物語自体が読み手にとって印象深いものになったからです。言葉は単独で意味を持つのではなく、後から見れば物語の転機・契機となったと考えられる、ある種後天的な、後出し的な視点でもって初めてそこに意味やニュアンスがつくのです。それを作品という単位で考えれば、警句的な言葉とそれが使われる当の体験・行動・状況を結びつけるのが小山先生は上手い、と言えるでしょう。
他にも、書類選考に受かったものの、一次審査の受験を渋る六太に向かって言ったシャロン

今のあなたにとって……一番金ピカなことは何?
上手くなくてもいいし 間違ってもいいのよ ムッタ まずは音を出して
音を出さなきゃ 音楽は始まらないのよ
(1巻 p71、72)

の言葉は、「宇宙に行きたい」という忘れかけていた六太の思いを呼び覚ましました。
日々人が月面で事故を起こしたときに思い出したブライアン・Jの言葉は

「じゃあ 天国とか地獄は?
俺はないと思うな どっちも」
「なぜ?」
「だって…… 天国も地獄もどっちも……
生きてる時に見るもんだ」
(8巻 159,160)

でしたが、事故を起こす直前に、兄・六太は晴れて宇宙飛行士(正確には、宇宙飛行士候補者)になり、正に天国にいるかのような幸福を味わっていて、日々人自身、月面は子どものころからずっと来たかった場所で、そこに立っていることは天国に来たのと変わらぬ幸せだったでしょう。しかし、月面は生命を拒む死の世界で、宇宙服に身を包まなければ生きていられません。そこで事故を起こすことは、死に直結します。事故を起こした日々人たちは、地獄の縁にいるも同義です。
このように、かっこいい言葉、いかした言葉は、それが活きるためのシチュエーションが必要なのです。小山先生に限らず、上手い作家は言葉の活きるシチュエーションをきちんと構築して表現しているように思います。シチュエーションの伴わない、バックボーンの足りない先走った言葉は宙に浮き、ただただ空回りするだけになってしまうのです。


ビンスの口にしていた「人生は短い」。ピコの口にしていた「テンションの上がらないことにパワーは使いたくない」。何気なく口にされていたこれらの言葉ですが、11巻の最後になって重みが付与されました。こういう言葉の力の持たせ方は、とても好きです。12巻ではいったいどんな言葉がどんな物語の中で飛び出すのか、今から楽しみです。




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*1:作中人物である彼にとって子どもの頃に聞いたその言葉が印象的なものであったというのは、話の前提条件です。このような重大な局面に指針として思い出すほどに、この言葉は六太にとって印象深いものでした。