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20代のささやかな夢がここにある 大人のだべり場「煩悩寺」の話

長年付き合っていた彼氏に振られた小沢は、憂さを晴らすべく浴びるように酒を飲んでいたのだが、帰り道、湧きあがる尿意に抗しきることができず、マンションの自室に辿り着く前に、3F下にある見知らぬ他人の部屋のドアを叩きトイレを借りた。堤防決壊の危機をなんとか乗り越え、落ち着いたところで部屋の主に挨拶をするべくリビングへ通じるドアを開けたら、そこには奇妙な部屋と、部屋の主・小山田がいた。これが小沢と「煩悩寺」の出会いだった……

煩悩寺 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

煩悩寺 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

秋★枝先生の新刊『煩悩寺』のレビューです。
そうですね、この作品の魅力を簡潔に言えば、「大学を卒業した20代の人間のささやかな夢が詰まった作品」てとこでしょうか。
怠惰な学生生活を送った人ならわかるかもしれませんが、友人のでも自分のでも、やたらと人が集まる家ってありませんでした?用がないのについつい行ってしまう。行ったらもう誰か別の人がいたりする。そしてだらだら喋ったり酒を飲んだりマージャンしたり本を読んだり横になって寝ていたり。気がつけば一日くらい平気で経ってて、授業やバイトに行かなければならないときは千切れんばかりに後ろ髪を引かれ、千切れるくらいだったらとそのままサボりを決め込んだり。
一種のアジールのように心地いい空間。それは学生の特権のように思えますが、もし社会人になってもそんなサンクチュアリがあったとしたら?
そんなささやかな夢、でも難しい夢の空間を、「煩悩寺」としてこの作品は描いているのです。
煩悩寺」とは小山田の部屋のあだ名。彼の実家がお寺で、30歳になったらそこを継ぐことになっている彼の兄が、「俺は30までに煩悩の限りを尽くす旅に出る」と家を出て、弟が一人暮らしを始めた途端に色々な物品を送りつけるようになり、結果、彼の部屋には煩悩の残滓が溜まり続けている、と。

(p7)
これが小沢と「煩悩寺」のファーストコンタクトシーンです。
飲みすぎた酒のために小山田の部屋のトイレを借りた小沢は、兄が送りつけた荷物の中からお酒を見つけ改めて管を巻き始め、他の荷物も漁って楽しみ、すっかり「煩悩寺」の虜になりました。以後、足繁く「煩悩寺」に通うようになるのです。

(p112)
「ただいまっ!!」がいいですよね。お前さん、ここは他人の家やぞ、と。
小沢にとって、自分の家かと思ってしまうくらい居心地のいい場所に「煩悩寺」はなっているのです。
小沢は「煩悩寺」で、小山田との小学校来の友人・島本とも出会うのですが、彼もまた「煩悩寺」の虜になった人間です。

(p98)
お前ら馴染みすぎだぞ、と。
居心地のいい空間とは、特にそれが他人の部屋の場合、単にその空間快適性だけでなく、部屋の主の人柄が重要になります。「煩悩寺」の主である小山田は、ぼちぼち常識人で、気遣いができて、オクテのくせにいざと言う時は行動力があって、で、「昔から変な人を引き寄せるヤツ」とのこと。まあつまりは類友ということなのでしょうが、自分の場合を省みるに、たまり場になっていた友人の部屋に集まる面子を考えれば、やっぱりそれは頷けることです。どいつもこいつもひどいヤツばかりだった。もちろんいい意味で。


社会人になってこの類のガンダーラがなくなってしまうのは、たいていの人は会社に行く、つまり非在宅の仕事の人が多いからです。会社があれば残業があるかもしれないし、そうなると勝手に家に入るわけにもいかない。相手の出社退社等時間の制約も大きいですから、気軽にだべれないんですよね。
そこへいくとこの小山田君、職種は不明ですが在宅ワーカー。時間にそれほど縛られないくせに、経済的にも問題はないようです。ムキー。そりゃあそんな友人がいれば、私だって日参しかねない。
仕事帰りにふらっと寄って、だらだら喋って酒飲んで遊んで、適当なところで帰れる居心地のいい空間。そんなささやかなくせにハードな夢が、「煩悩寺」にはあるのです。マジ羨ましい。


この作品、1巻の途中から小山田君と小沢さんのラブコメも少しずつ進みだすのですが、やっぱり気軽な居心地のよさとラブ的な楽しさってちょっとずれたところにあると思うのです。でも、そこらへんの微妙なバランスが、オクテな小山田君と、「煩悩寺」の楽しさで彼に振られた憂さを忘れられた小沢さん、という関係性のために、適度な緊張感と適度なダラダラ感がふんわり漂っていて、「煩悩寺」のアジール感を損なわないのです。
いいなあ、こんな20代。なんで俺はこんなじゃないんだろ。ムキー。


だらだらした心地よい空気を羨ましがるもよし、小沢さんのかわいさにゴロゴロするもよし(最初のコマがおしっこ我慢してる顔で、酔っ払ってる顔頻出とか、いいツボ突きすぎ)、ふんわかラブコメにニヤニヤするもよし。いろいろ美味しい作品ですことよ。
俺の部屋もある意味「煩悩寺」だけど、誰か20代の女性、来てみませんかね?いや、20代じゃなくて、10代でももちろんイインデスヨ?


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