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漫画の話です。

男は30越えたら自転車 ロードに乗りたくなる「のりりん」の話

のりりん(1) (イブニングKC)

のりりん(1) (イブニングKC)

「チャリなんて死んでも乗らねーから」
「チャリ乗ってるヤツは死ねばいいんだ」
自転車乗りを毛嫌いする丸子一典(まりこかずのり・28歳彼女なし)は、ある日一人の女子ロードレーサー・織田輪(おだりん)を危うく轢きかける。リンの機転で大事には到らなかったが、自分の車のボンネットと相手の自転車のホイールがイッてしまった。侘びと弁償にリンの家を訪れるノリに、リンの母親は、ロードに乗れば修理代を割り引く、と持ちかけるも、ノリは頑なに拒む。それを聞いたリンの母親は、ノリの車のカギを通りがかりの軽トラの荷台に放り投げ、それを追いかけるために結局ノリはロードにまたがり全力疾走する羽目に……


鬼頭莫宏先生の新作、講談社イブニングで連載中の『のりりん』です。
鬼頭先生の作品といえば性と死の匂いが漂っているのが常ですが、今回は爽やかに疾走するロード自転車の話。鬼頭先生が趣味で自転車をしているのは、先生のホームページ(パズルピースは紛失中)を見ればよくわかるのですが、それをメインに作品を作るのは意外でした。『終わりと始まりのマイルス』に通ずるようなライトなコメディタッチの描写も多く、かなり読みやすいですね。
この作品、読み終わってまず感じたのは、「ロード乗ってみてえ!」でした。もともと私は自転車が好きで、日常的な移動手段として自転車はよく使うのですが、乗っているのは折り畳み自転車かBMX。ロードのようなタイプの自転車に乗ったことはありません。
普通の自転車とロードの違い、乗ったこともない私がそれを言うのはおこがましいのかもしれませんが、それは何のために作られたか、でしょう。
「一馬力にも満たないちっぽけな人間の力を 徹底的に推進力に置き換えることに特化した乗り物」(1巻 p218)と表現されるロードは、単なる日常的な交通手段ではなく、人間の力によるスピードの限界を追い求める「原始的なプリミティブな乗り物」なのです。

予感はあった
世界が一変した
先刻までの日常とは 別の世界
今 何キロ出ているんだろう カラモモさんと走っていた時はたぶん20キロくらい そのくらいにもなってないくらいか
その時には こいつは少し乗りにくいただの自転車だった
でも速度があがった途端 別の乗り物になった感じがした
俺の踏み込んでいる力が ダイレクトに推進力に変換される感覚
速くなればなるほど 車体は安定感を増し この乗り物の棲むべき世界を明示する
回せ 回せ 回せ
(中略)
視界が狭くなる
でも 周囲の状況は把握できている…はず
そうでなきゃコレはやばい 生身をさらしてこの速度
自分の力だけでこんな世界に到達できる
恍惚感と 全能感
(p215〜218)

自転車を忌み嫌っていた人間さえも、本気を出して漕いだ瞬間にあふれ出すスピード。一歩間違えれば大怪我を負う状況は、イヤでも自転車に集中しなければいけない。その感覚に読んでて同調すると、もう自転車に乗りたくてたまらなくなります。実際どんなものなんでしょうね、ロードの走り心地って。


さて、先に「爽やかに疾走するロード自転車の話」とは書きましたが、おそらくそれだけではないでしょう。ノリが自転車乗りを忌み嫌う理由には、何か過去があると思われます。
実は、単行本派の私も鬼頭先生の新作という事で第一話を本誌で読んだのですが、そのときは普通に読み流したのがこのリンを轢きそうになったシーン。

人身て えーと 何点? 免許取り消し確実かよ
バカバカ 俺 まず
相手のこと心配しろっつーの
人殺しなんてやだろ?

(p10)

「人殺しなんてや」なのは誰でもそうです。違和感なく読み過ごしましたが、彼の頑なな拒否と、第6話での

アニキ オヅちゃん結婚しちゃったぞ
もう自転車を拒否する理由もなくなったよ
そろそろ自分のために 前に進みなよ
(p173)

をあわせて考えれば、彼がかつて自転車で「オヅちゃん」を、もしくは自転車乗りの「オヅちゃん」を殺しかけてしまったのではないか。さもなくば、「オヅちゃん」のかつての恋人を自転車にまつわる事故で死なせてしまったか、と想像できます。ま、現段階では想像ですけど。
とまれ、単に爽やかなわけでなく、やっぱりどこかきな臭さが漂っているわけですよ。
その方面の掘り下げも期待したいところですが、それでもこの作品のなによりの魅力は、読み手を「自転車に乗りたい!」という感情に強くいざなうそのプリミティブな力強さだと思うのです。

(p36,37)
のりりん」とリンが差し出した自転車は、ノリだけでなく紙面を越えて読み手にまで届いているような気がします。BMXをもっと練習しようと思いつつ、ロードをどうしようかかなり本気で悩むそろそろアラサーに踏み込む私なのですよ。




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