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少年少女は思春期をこじらせて悩む 「変態」を軸に孤独と紐帯が深まる「惡の華」の話

ガンに風邪に水虫。特効薬を開発すればノーベル賞ものなんて言われている疾病がこの三つですが、こじらせた思春期をどうにかしてくれる薬があれば、それもまた絶大な賞賛で以って迎えられるでしょう。万雷の拍手は鳴り止まず、親たちは歓喜の涙に咽び、かつて少年少女だった大人たちは「自分の時にこの薬があれば」と時代の不運を嘆き、当のこじらせた少年少女たちは「自分だけは違う。そんなものではない」と嘯く。そんな光景が見えるようです。
とはいえ、実際問題そんな薬が開発されることは、未来永劫ないでしょう。思春期をこじらせ自意識を肥大化させるのは、大なり小なり誰もが通る道。おたふく風邪やはしかみたいなもので、こじらせずに成長してしまうほうがまずいです。こじらせた思春期をどうにかしてくれるのは、基本的に時間。特別なことがなくとも、不意のある日、憑き物が落ちたように我に返ったりします。それで、後々当時のことを思い出しては一人ジタバタするものです。ジタバタジタバタ。
でも、上にも書いたように、こじらせ真っ最中の当人にとってはこんな意識は芽生えません。「自分だけは違う」。根拠のない、あるいは傍から見ればとてもじゃないが根拠とはなりえない薄弱な根拠でもって、自分以外の人間から優越している自分自身を信じ込める。けれど、現実にはそんなことはないから、自分は他の人間より劣っているんじゃないかという(当然の)疑念に苦悩したり、彼だけは、彼女だけは、これだけは自分以外で唯一信じるに足るものなのだと思い込んだり。上とは違う意味で、ジタバタするのです。ジタバタジタバタ。
前置きが長くなりましたが、「惡の華」はそんな少年少女のお話です。

惡の華(1) (少年マガジンKC)

惡の華(1) (少年マガジンKC)

中学二年の主人公・春日高男は、格別美男子でもなく、頭がいいわけでもなく、運動ができるわけでもない、クラスの中で目立つことのない生徒。そんな彼の自意識の拠り所は、ボードレールを読んでいること。「クラスの無教養なヤツラが読んでいるわけない『惡の華』読んでる俺カッケー」というのが、他に誇れるものを持っていない彼の密やかなプライドなのです。
そんな彼が思いを寄せているのが、クラスの才媛・佐伯奈々子。容姿端麗・明朗活発・頭脳明晰、おまけに家は金持ちと、神様が最初のパラメーター設定を間違えて、二物も三物も与えてしまったような女の子です。クラス内ヒエラルキーのハイエンドに属するような彼女と、底辺とは言わずとも真ん中よりは下の辺をうろうろしているような自分では釣り合いが取れると思えず、彼の気持ちは(傍目にはわかりやすくとも)ひたすらに隠されています。
ま、ヒエラルキーが近いところにあろうとも、中二の時分なんて「○○が××のこと好きなんだって〜」という噂を立てられることに、過敏に反応してしまうお年頃。仮に誤解だろうとそういう噂が立ってしまえば、スクール・エスケープ症候群が容易に発症します。特に、思春期をこじらせている人間にとっては。
さて、そんな春日がある日の放課後、机の中に忘れてしまった座右の書「惡の華」をとりに教室へ行くと、なんとそこには憧れの佐伯さんの体操着が! いけないこととはわかっていても、自分で自分に「やめろ」と言い聞かせながらも、彼は魅入られたように体操着を手にとって、恍惚とします。
するとそこに、廊下から物音が! 慌てふためく春日君は気が動転してしまい、なんと佐伯さんの体操着を自分のシャツの下に突っ込み、逃げ出してしまいました。
息せき切って家に帰り、我に返れば佐伯さんの体操着を持ってきてしまった自分。春日は呟く。「惡の華だ マジで…」
翌日学校へ行けば、佐伯さんの体操着が盗まれたと大騒ぎ。悲しみに暮れる彼女を見て自責の念に苛まれた春日君は、学校から帰ってから、もやもやした思いをくすぶらせながら自転車でひた走りました。
土手まで来たところで、春日君の後ろの席にしてクラス一の鼻つまみ者・仲村佐和に出会います。きょどきょどしながらも会話をしていましたが、仲村さんの満面の笑みによる爆弾発言で春日君はひっくり返りそうになりました。
「私見てたんだよ 春日くんが佐伯さんの体操着盗んだところ」


というところで一話が終わり。以降春日君は、佐伯さんへの恋心と後ろめたさ、仲村さんへの恐怖と怒りと不可解さに揺さぶられ続けるのです。
この作品、一見ボードレールと恋心でこじらせた春日君の思春期大爆発の話に思えますが、こじらせているのは彼だけではありません。仲村さんもまた、思春期を厄介なまでにこじらせているのです。
仲村さんに現場を見られていたことを知った春日君は、「仲村さんにばらされる前に謝らなければ」と、決意を固めて翌日登校するのですが、勇気を出せず言えずにいました。そこへ仲村さんからの呼び出し。放課後の図書室で、春日君と彼女は会話をします。

「きのう 何で逃げたの?」
「!!! いやそれは… その… ちがうん…です!!」
「春日くんが盗んだこと ばらされてもいいってことだよね」
「ちっ… ちがう!! ちがうんだって!!」
(中略)
「春日くん… 許してやってもいいよ ばらさないでいてやっても
そのかわり 私と契約しよう」
「け…契約…?」
「そう 私が春日くんを許すかわりに 春日くんは大事なモノを私に奪われるの」


(1巻 p67〜71)

他の作品だったら、「まあ創作物だし、こういう展開もアリかな」てなものですが、この作品はぐつぐつの思春期をテーマとしたもの。そう考えると、彼女のこの台詞もまた、春日くん同様にこじらせた思春期の産物と言えるのです。中二が「私と契約しよう」ですよ? 「私が春日くんを許すかわりに 春日くんは私に大事なモノを奪われるの」ですよ? それなんてエロゲ
仲村さんは、数学のテストは全問空欄で提出し、どういうつもりだと教師に言われれば「うっせー クソムシが」と吐き捨て、激昂した教師が手を上げようとすればねめつけるような視線で黙らせる、そんな女の子です。当然、クラスメートとのかかわりはほぼゼロです。そんな彼女が、春日君に興味を持ちました。クラスのマドンナ*1の体操着を盗んだ春日君に、です。いえ、体操着を盗んだ春日くんだからこそ、彼女は興味を持ったのです。なぜなら彼女もまた、こじらせた思春期を抱えていたから。
彼女の心の叫びを抜粋します。

春日くん… 私ね もうずっと前からムズムズしてるの 体の下の方の中の方が叫び声をあげたくなるほどムズムズしてるの
この世界全部 私のモヤモヤの中でクソムシになればいいと思う
私もきっと変態なの
春日くん 自信持って 私と契約できたのは春日くんだけなんだよ


(1巻 p104〜106)

放課後の図書室で、クラスメートの男子を押し倒しながら(それも極めておかしなシチュエーションで。是非読んで知ってほしい)こんなことを言う女の子。これはすげえ。


自分は「変態」であると言って迫る少女。自分と彼女は近しい思いを抱えて生きてきたのかと思いながら、いや自分は変態ではない、佐伯さんへの思いはこんなに純粋なのだから、と否定する少年。
ずっと隠してきた感情をさらけだせる相手を見つけて喜ぶ少女。生起しつつある自分の知らない感情に戸惑う少年。
春日くんと「契約」した仲村さんは「変態」的な要求(欲求)を彼にぶつけるのですが、そのときの彼女の顔は紅潮し、心の底から嬉しそうなのです。どれくらい嬉しそうかと言えば、目に星が飛んでるくらい(p95)。この時の彼女が何を要求しているかは是非作品を読んで知ってほしいのですが、普通に考えればいじめと変わらないもの。ですが彼女は、彼に苦痛を与えることを目的としているのではなく、間違いなくそれを欲しているだけなのです。
話が進むにつれ、彼女の要求はエスカレートしていくのですが、読んでてゾクゾクします。春日くんの葛藤と、喜びが迸っている仲村さんの笑顔の落差がたまりません。


作者による作品解説でこんなことが書かれています。

変態ってなんでしょうか?
変態という言葉には、理解できないものをワクの中に押し込めて安心しようという思惑がこめられています。
けれど、多かれ少なかれ人間は誰でも変態的なものを心の中にしまっています。
この漫画を読んで「変態だー」と笑ってもらえるだけでも嬉しいですが、もし「自分にとって変態とはなんだろう」と少しでも考えていただけたなら、この漫画を描いてよかったと思います。


(1巻 p172)

ある程度歳をとれば、自分の性的な嗜好も自覚できるようになり、思考と行動と周囲の反応との折り合いをつけられるようにもなりますが、思春期の頃合ではそんなことは不可能。「こんなこと考えているのは自分だけなんじゃないか」「自分は世界で一人だけなんじゃないか」「こんなこと考える自分は汚れた人間なんじゃないか」云々。悩みは尽きません。
作中で春日君の友人が「兄貴の部屋でDVDを見つけたから見ようぜ」とを誘います。周囲を憚る声とはいえ、性的な行動のほのめかしをする友人との対比で、佐伯さんの体操着を盗むなどという「変態」的な行為をしてしまったことを思い悩む春日くんの罪深さが際立ちますが、断言してもいいですが、誘った友人にも「変態」的な、他の人には言えないような性的嗜好があるはずです。読み手は春日くんを主体に読んでいますから、彼の「変態」性に眼が行きますが、もし友人を主体に同様なテーマで描かれれば、彼の内心にも人には言えないけれどぐつぐつと煮立っているものがあるはずです。
肥大化した自意識がもたらす自己の優越感て、裏を返せば孤独感なんですよね。自分は誰より優れているのだから、当然自分の考えを理解できる人間も誰もいない。つまり、自分を理解してくれる人間なんて誰もいない。この孤独感と、性的嗜好の「変態」さから来る周囲からの隔絶感がリンクすると、見事に思春期がこじれてくるのです。
まあそういう意味では、思春期ってのは孤独感との闘いでもあるわけで。
春日くんは、他の人間が愚かに見えることから自分を孤高のものと感じ、自分の犯した罪から自分はどうしようもない最低の人間だと感じ、孤独の底に突き落とされます。そして、自分が犯した罪を気づかれぬまま、詩神ミューズと、運命の人ファム・ファタールと崇める佐伯さんと仲良くなりだすことでポジティブな紐帯を、「変態」を抱えた仲間と仲村さんに認められたためにネガティブな紐帯を結び始めます。
孤独と紐帯。「変態」の影がちらつきながら深まる両者に、読んでてヒヤヒヤします。ハラハラします。ゾワゾワします。ゾクゾクします。
素敵にエキセントリックに仕上がった表紙ですが、仲村さんの笑顔にゾクッとした人は、読んでみるといいと思います。






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*1:死語