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谷川史子と羽海野チカが描く、類似した物語構図の話

谷川史子先生の新刊「P.S.アイラブユー」を買ってきました。

P.S.アイラブユー (クイーンズコミックス)

P.S.アイラブユー (クイーンズコミックス)

表題作の「P.S.アイラブユー」は、翻訳家の夢のために恋人のプロポーズを断り、夢を叶えたものの以降「おひとり様」を続けている三十路・伊勢一三子と、父親の実家へ母親と里帰りした少年・野原草市の交流譚。一三子サイドと草市サイドの両面から、各々がその交流を通じて得た心のなにがしかが丁寧に描かれています。
「room201」は、ある彗星が地球に近づく日に過ごす三人の人々にスポットが当てられた読切シリーズです。彼氏との幸せな生活と自分の仕事とのバランスに悩んでしまった小説家の女性の話。ある日突然彼女が家から出て行ってしまい、彼女の飼い犬と二人(一人と一匹)、残されてしまった若手俳優の話。彗星の名付け親を祖父に持つかつての恋人のことを、その彗星の接近と共に思い出した主婦の話。まあ正直彗星の影は薄いんですが、それはともかくはんなりした作品に仕上がっています。


で、今日の話は「room201」の「episode1:S区」に関して。上の説明の、小説家の女性の話です。
この話を読んだ時、どこかで以前読んだことあるような、とデジャブに襲われたのですが、よくよく思い出してみれば、羽海野チカ先生の短編「空の小鳥」(「ハチミツとクローバー 10巻収録)に人物関係の構図がそっくりなのですね。
ハチミツとクローバー (10) (クイーンズコミックス―コーラス)

ハチミツとクローバー (10) (クイーンズコミックス―コーラス)

ちょっと詳しく両者の説明をしましょう。
「episode1:S区」の主人公・小峰日出は、「売れっ子でもなんでもない小説家」、「月一本の雑誌連載と エッセイやら飛び込み雑文などで どうにか食いつなぐ日々」を送っています。そんな彼女は、合コンで知り合った彼・佐熊と同棲中。彼女の唯一の単行本を「大好きだ」と言ってくれたことが嬉しくて、付き合おうといわれた時も素直にOKできました。同棲を始めて三ヶ月。大好きな彼と一緒にいられることはとても幸せなことなのだけど、家事をしているのは全て彼女。おかげで執筆に集中しきれない。彼はナチュラルに(無神経に)家事は彼女が好きでやっていることと思っていて、感謝はしていても手伝ってあげようという発想はありません。たまった鬱憤は、仕事が忙しいときは彼に家事をしてもらうということで、一度は晴れかかったのですが、それでも筆がのることはなく、絶望的な気分を味わっているところで発された彼の無神経な一言に止めを刺され、彼女は彼を怒鳴りつけ家から追い出してしまいました……
とまあこんな感じ。
「空の小鳥」の主人公・川本ナオは、フリーで布製小物のデザイン・製作をしています。最初は細々とやっていたものが、口コミで評判が広がり、今では一人じゃ手が回りきらない状態です。そんな彼女の同棲相手はトラックの運転手・岸田草平。同棲を始めて、最初のうちは彼と一緒にいられることが嬉しく、家事は進んで自分がやるし、そんな彼女に彼も感謝は惜しみませんでした。ですが、二ヶ月、三ヶ月と経つうちに彼の反応は鈍くなり、そのことにもやもやしたものを感じるものの、どうしていいかわからず、忙しさにかまけることで気持ちをごまかそうとしていたのですが、ついにある日、彼の言動に心の堤防が決壊し、食事の真っ最中に泣き出して彼を家から追い出してしまいました……
とまあこんな感じ。
職業やなんやの違いはあれど、女性側の立場や心理の推移が驚くほどそっくり。
上の概略には書きませんでしたが、両者の類似を決定付ける箇所を引用してみましょう。

あたしひとりなら迷いなくカップめんなのにな――
佐熊くん 働いて帰ってきてインスタントじゃかわいそうだし たくさん食べるしな―
いや 待て あたしも働いてるんだけどな―
あっ 洗濯物もたたまなきゃ
オフロも洗っとかなきゃ
……
……
あたしって お母さん…!?

(P.S.アイラブユー p100)

そうだよな
「おいしい」って言葉は強要するものじゃないよな………
(中略)
私だって子供の頃 お母さんに毎日は「おいしい」って言ってなかった
(中略)
私もちゃんとあーゆー風にならなくちゃな……
――でも
でも あれ?
――――私……
私がなりたかったのって
草平さんのお母さんなんだったっけ?

ハチミツとクローバー 10巻 p125,6)

二人とも、彼と同棲している自分がなりたかったのは、恋人なのか、母親なのか、幸せに慣れきった生活の中でふと解らなくなってしまったのです。
「最初の内は感じていた幸せに慣れてしまった(女も男も)」「自分は彼の恋人なのか、それとも母親なのかと変にわからなくなる」「仕事と彼との天秤に折り合いがつかなくなる」
抽象的に共通点を抜き出せばこんな感じです。


この根底に流れる不安は、「空と小鳥」で端的に表されています。

幸せになる方法は知っている
でも
それを守り続ける方法がわからない

(同書 p127)

両先生がこの不安についてどのように物語っているかは、是非作品を読んで触れてほしいのですが、「幸せの形は似たような形になるが、不幸の形は人それぞれだ」の言葉のように、どこかしら共通するところは出てくるもののようです。王道といえば王道ですし、ベタといえばベタなのですが、丁寧に描かれるそれは陳腐とは違うのです。
共通した構図を持つ作品を読み比べるという意味でも、両作品ともお薦めです。




余談。「P.S.アイラブユー」の中で最高だったコマ。

(p111)
前後の文脈無視して爆笑してしまった。煽りに最適と言わざるを得ない。






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