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「ネウロ」に見る「物語」22巻分の説得力の話

魔人探偵脳噛ネウロ 22 (ジャンプコミックス)

魔人探偵脳噛ネウロ 22 (ジャンプコミックス)

本誌の連載も終わり、来月には最終巻も出る「ネウロ」。作品全体についてはその時に触れるかもしれませんが、今日は22巻のクライマックス、弥子による??の説得シーンについてちょっと考えてみます。


完璧な変身能力を有する??はネウロと別れた弥子の後を追い、ネウロの作戦が発動する前に彼女の息の根を止めようと、ネウロに化けて弥子に近づきますが、弥子は姿を現したネウロが??の化けたものだと確信を持って見抜きました。その姿は「気配も仕草も傷の位置も全部本物」だったのに。
??の変身を見破ったときの弥子のセリフを引用してみましょう。

…完璧だよ
どこからどう見てもネウロ
気配も仕草も…
傷の位置まで全部本物
でもね
あの・・ネウロが…
「信じてる」って言ったんだよ
この私を
あなたは…
それがどれほどの事かわかっていない
ネウロが私を信じた以上…
戻ってきたネウロは偽者だよ


22巻 p117,118

わざわざここでは「あの」に傍点が振られています。それほどまでに「あの」を強調したかったのです。
では、この「あの」が指すものは何なのか。
それはもちろん、ネウロ登場から今に到るまでの、ネウロの弥子に対する数々のドSプレイです。回を重ねるごとにインフレしていったプレイは、最終的には人間が耐えられるレベルを超えていましたが、とにかく弥子は、1巻から延々とネウロに虐げられていたわけです。
その過去を踏まえての「あの・・ネウロ」。逆に言えば、その過去がなければ「あの・・」などと傍点をつけるようなセリフは使えなかったのです。数年の連載とその間間断なく続けられたドSプレイが、このシーンを生み出したといえるでしょう。


言葉の重みは先天的に得られるものではありません。相応の裏打ちがあって初めて、そこには誰かを説得させられる重さを持ちえます。
「複雑な事柄を伝えるには相応の物語を語らねばならない」という言葉がありますが、それに通じるものがあります。
この言葉は、村上龍氏があるインタビューで「あなたはこの小説で何を言いたかったのですか」と問われ、「それを言えるくらいなら小説なんか書きません」という受け答えをしたことを考えると、わかりやすいかもしれません。作り手には何か伝えたいことがある、でもそれを少ない言葉で言い表すことなんてできない、ましてや過不足なく伝えることなんてできやしない。複雑な事柄の複雑さを毀損しないまま誰かに伝えようとするとき、人は一つの方法として「物語る」ということを選ぶのです。
弥子が使った「あの・・」は、逆にギリギリまで余計なものをそぎ落とした言葉遣いですが、「あの・・」の裏には22巻分の「物語」が隠れています。弥子のセリフをメタ的に言い換えれば、「この22巻の間、私をしっちゃかめっちゃかに虐げてくれて、私を言う存在をほとんど歯牙にもかけていなかったネウロが」という具合になります。この22巻分の重みを、弥子は(ひいては松井先生は)「あの・・」という言葉に込めているのです。
あの・・」を使うのに22巻を必要としたというわけでは必ずしもありません。話の内容如何ではもっと少ない巻数でも同等の重みを持ちえたでしょうし、逆にもっと必要とした可能性もあったでしょう。でも、とりあえず「ネウロ」という作品の193話の時点ではこのレベルの重みを持ちえたわけで、それは充分作品の中で効果を発揮したものだと思います。


最終巻を翌月すぐに発売する集英社は珍しくGJ。本誌を一切追っていない私は、最終的な結末は読めてもどんな展開になるかさっぱり知らんので、早く出やがれと思って已みません。






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