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高遠るいの画風と「ジェネラル・ルージュの凱旋」の物語のマッチングについての話

ジェネラル・ルージュの凱旋 (ワンダーランドコミックス)

ジェネラル・ルージュの凱旋 (ワンダーランドコミックス)

ご存知人気小説の漫画化です。いい感じのくどさと熱さ、そこかしこに挟まれるコメディ、二転三転する結末と、原作未読でも楽しめました。
で、直接内容に関わる話ではないのですが、物語と高遠先生の絵柄の関係についてちょっと思ったことがあるので、つらつらと。


高遠先生の絵柄に板垣先生や安達先生のオマージュが見られるというのは前回の記事で書きましたが、特に前者の影響が顕著に出ているのが、男性の顔をアクを強くして描くときでしょうか。

(SCAPE GOD p44)

(シンシア・ザ・ミッション 3巻 p135)
こんなですね。
コミックスになった高遠先生の作品は、基本的にバトルもの、非日常もの(日常に侵入してきた非日常系)で、キャラ間の心理的な葛藤はそれほど描かれはしませんでした(あくまでキャラ「間」のものであり、内面的な葛藤はごりごりと描かれています)。それを考えると、このアクの強い顔はあくまで「板垣先生へのオマージュ」という側面が強くなりますが、今作の「ジェネラル・ルージュの凱旋」のような、キャラ間で思惑が絡み合っている作品、猜疑とすれ違いに満ちた作品を描くとなると、また別の側面が出てくると思うんです。


本作は、病院内で傲岸不遜に振舞い、けれど誰よりも患者のことを考えている医師・速見に、医療機器メーカーとの癒着の疑惑が持ち上がっている、というストーリーです。速水を信じるもの、疎んじるもの、自分の信念に殉じるもの、日和るもの。それぞれがそれぞれの濃淡で思惑があり、読み手はその絡んだ意図が解きほぐされていく様を、主に田口(速見と同窓。病院内のトラブルバスター的な役割を持つ委員会の委員長)の目を通して見ていくわけです。
読み手と同一視される田口は、基本的には善人、裏表の無い人間として描かれます。一貫して友人である速水を信じるスタンスですね。

ジェネラル・ルージュの凱旋 第一部)
それ以外の男性は一癖も二癖もあるように描かれているんですが、それをよく表しているのが、いかにも一物抱えてそうな男性たちの表情です。
まず当の速水ですが、表紙の画像を見てもらえればわかるような悪人面です。
その他、
病院長の高階

(同書 第二部)
事務長の三船

(同書 同部)
倫理問題審査委員会委員長の沼田

(同書 第三部)
厚生労働省の白鳥

(同書 同部)
外科教授の黒崎

(同書 第五部)
どいつこもいつも、「お前絶対裏でよからぬこと考えてるだろ」と思わざるを得ない面々です。


高遠先生の描くアクの強い顔は、バトルものという板垣リスペクトの境地から離れ、誰が誰を信じているのかわからない、人間の陰謀渦巻くドラマを描く段になると、見事なほどに読み手に猜疑の念を植えつけることができる、つまり、読み手自身が、物語の中の不信の渦に巻き込まれていくわけなんですよ。ですから、物語の結末のカタルシスが最後の最後まで予想しきれなくなるんです。私も物語を読み進めていて、最後のオチで誰がどう振舞うのか、ワクワクしながらページをめくっていました。


高遠先生のアクの強い表情は漫画的デフォルメがなされたもので、そこには「神(=物語の作り手)」としての高遠先生の意図が強く働いています。いってみれば、登場人物たちの思惑は「アクの強い表情」という仮面を被らされることで、読み手の視線から逃れているわけです。
正直、こんな形で高遠先生の画風がドロドロな人間ドラマにフィットするとは思っていませんでした。
キャラ間の思惑の錯綜は原作を生かし、登場人物の心の奥に閉まってある熱さも高遠風に昇華されて現れ、いい感じにバランスの取れた濃ゆい作品になっているのではないでしょうか。意外とこの手の原作を持っても面白いのかも。








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