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石黒正数先生の「濃さ」についての話

石黒正数先生の作品に、「アガペ」というものがあります。これは石黒先生の最初の連載作品で、コミックフラッパーに掲載され、原作に鹿島潤という人がついています。この人については詳細が不明で、「ホームページのプロ」というよくわからない肩書きがあるようです。
基本的に好きな作家の作品は中身を問わず買う私で、石黒先生の作品もほとんど持っていますが、唯一この作品だけは一巻で挫折してしまいました。この作品と他の作品の明確な違いは一つ、上に書いたように原作がついていることです。
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以前の記事でも書きましたが、石黒先生は言いたいことを作品に強くこめる、描きたいことを常に意識している漫画家だと思います。それは作品に一話完結が多いことにも表れていて、限られたページ数で話を丁寧にまとめるには、コメディであれ、主張の強いものであれ、構想と展開をしっかり練りこむ必要があり、それには物語の主軸を常に念頭に置いておかなくてはなりません。印象論の話で言えば、石黒先生の物語は、良くも悪くもとても「濃い」のです。
で、その濃さが悪い方へ転がったのが「アガペ」だと私は感じました。
「アガペ」のストーリーは、「完璧に利他的な無償の愛」すなわちアガペを持つ少女・一乗はるかが、警視庁刑事部捜査一課に新設される特殊犯捜査第ゼロ係に就任して云々。アガペを持つ少女が、犯罪に、憎しみにどう向き合っていられるのか、ということを描いた作品です。たぶん。
一巻を読んだ範囲での話なので、もしかしたら続刊で方向性が変わっているかもしれませんが、たぶんそれはないでしょう。そういうぶれ方をしなそうな熱さが、この作品にはあると思います。ですが、おそらくその熱さこそが私の感じた拒否感の根源なのです。
単に、「アガペ」の作品内に伏流している思想が私の性に合わないというのではありません。問題なのは、そもそも「濃さ」を持っている石黒先生に、別ベクトルの「濃さ」を持つ原作をつけたことなのです。水の中に食塩を限界まで溶かすとそれ以上いくら入れても食塩が残るように、漫画として、作品として、物語として昇華し切れていない思想のエグみが、「アガペ」の中には感じられます。
石黒先生が根本的に原作の思想と相容れなかったのか、原作を飲み込んだ上でさらに自分の(濃い)思想を入れようとしたために、力量が追いつかず消化不全を起こしたのか、なんとも言いがたいですが、個人的には、石黒先生は「悪意」の処理の仕方が不慣れな感じがあります。露悪的なキャラの露悪性が、漫画としての枠内で昇華されきっていないというか。原作から渡された物語の「悪意」について、取り扱いに困ってしまい、過剰になりすぎてしまう印象でした。露馬鹿的なキャラ*1ならとても漫画的に描くんですけどね。
石黒先生の思想的な「濃さ」が顕著なのは、やはり「ネムルバカ」でしょうか。この作品を読むと、おいそれと「濃い」原作をつけるのは、両者にとって不幸な結果になってしまいそうだなと思います。








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*1:「ネムルバカ」のバイト先の店員とか