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漫画の話です。

「くおんの森」のモリ性別誤認疑惑、改め、越境するキャラたち、混交する世界

くおんの森 (1) (リュウコミックス)

くおんの森 (1) (リュウコミックス)

この作品の主要キャラに「モリ」がいます。「森」(以前も言いましたが、この字は正確には「木」ではなく「本」を三つ重ねてある造語です)を守る謎の人物ということになっています。

(p29)
このキャラですね。
さてこの画像ですがよく見てください。実はこのキャラが着ている上着、左前右前(コメント欄で指摘をいただきました。以下全て「左前」と「右前」が逆です。汗顔の至り)なんですよね。それで気になって注意してみてみたら、このキャラの服装は全部左前右前*1。そしてこのキャラの言葉遣いは見かけによらず古式な老人風。


ややもするとこのキャラ、容貌から少女だと特に疑わずにいたけれど、実は少年なんじゃなかろうか。


その点に注意してもう一回読み返してみると、一巻内ではおそらく一度もモリの性別を確定させるものがでてきていません。
それをわかりやすく証しだててくれるのは、三人称の時のモリの呼ばれ方でしょう。モリの一人称は「僕」ですが、世の中「僕」を一人称にする「僕ッ子」キャラがいないわけではありませんからね。三人称で「彼」や「彼女」、さもなくば「少年」「少女」と呼ばれていればいいのですが、あいにく「モリ様」(羊さん)、「モリ」(ネコのブウさん)、「あいつ」「子ども」(遊紙)と、性別をはっきりさせる呼び方が出てきません(玉子さんはまだモリを三人称では呼んでいない)。


実は、モリが女だということの証拠となるものがないわけではありません。それは裏表紙の梗概で、そこの文章中には確かに「少女モリ」という言葉が出てきます。
ですが、この梗概は作者本人ではなく、十中八九編集部が書いているもの。他の作品の梗概を見ても、「これはなんか違うだろ」と思えるようなものもしばしば。このテの文章が作者のチェックを経ているのか、私は常々疑問に思っています。
それでも傍証は傍証。もしモリの性別が(まあないとは思いますが)後々重要な意味をもつとしたら、作者サイドからそこに注解はあらかじめ伝えてあるでしょう。


その他にも、傍証はあります。これは積極的な証拠ではなく消極的なものですが、この画像を見てください。

(p91)

(p168)
この画像の二人は女性と判断して問題はないと思うのですが、この二人の服装も左前右前なんですよね。
となると、これらから「この作品の舞台内では、男女問わず洋服は一律で左前右前である」という仮説が立てられます。
そうすると、モリの服装が左前であることも特に問題はなくなるんですよね。


というわけで、一瞬芽生えた「モリ少年説」も説得力をもつところまでは行きませんでした。ううん残念。面白いと思ったんだけどな。


で、ここまで書いてふと思ったんですが、おそらくモリの性別は女性でいいのでしょうが、彼女が両性の性別指標を持っていることは事実ですよね。「時代かかった口調」「一人称の僕」「左前右前の洋服」あたりが男性指標で、「服の種類」「長い髪」「容姿」あたりが女性指標。まあなんというか、かなり両性的なキャラだといえるわけです。
「くおんの森」に見る、越境する絵、混交する頁 - ポンコツ山田.com
以前のこの記事では、絵画上の表現として絵がコマを越境し、頁が混交している印象があると書いたわけですが、物語の中でもモリは「性別」という境界を曖昧にしているんですね。また、モリは主人公の遊紙を現実の世界から「森」の世界へ導きいれることができる、「世界」の越境者でもあるんです。そして同時に遊紙自身、紙魚に気に入られたり、本の精霊(?)に気に入られるたりするような、「こちら」と「あちら」の越境者たる素質を備えた存在でもあります。
その他、ネコのブウさんはネコから人間へと「種族」を越境しますし、玉子さんは老婆から若い娘さんへと(遊紙の主観の上だけであれ)「年齢」「時代」を越境します(一応ネタバレのため文字反転)。三宮金三郎は銅像から人間へと「存在」を越境するのです。こうなると執事の羊さんが名前の通りヒツジになって「種族」を越境しても、私は驚きません。
この作品は、いろんなところで「あちら」と「こちら」が越境しあって混ざり合う、まさに混交した世界なんですね。読めば読むほど味わい深い。






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*1:一巻には七話収録されていますが、同じ日の出来事である二、三話は除いて上着は全部違っています。下半身は全て同じショートパンツに黒タイツ、モカシンシューズ。表紙の下にはモリのファッション一覧がありますが、「壱」のナンバリングがされているセーラー服+太いストライプの格好は、四話の表紙でのみ登場しています