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「とめはねっ!」に見る、河合克敏の物語構造の転換

とめはねっ! 4―鈴里高校書道部 (ヤングサンデーコミックス)

とめはねっ! 4―鈴里高校書道部 (ヤングサンデーコミックス)

四巻発売記念、及び、以前の時点では半分くらいまでしか読んでいなかった「モンキーターン」を愛蔵版で全巻読み終えたので、以前書いたものを改稿しました。

「ニッチをつく漫画家」こと河合克敏先生。最初の連載以来、柔道、競艇、書道と、世間のニーズを縫うように作品を世に送り出してきました(柔道は十分メジャーですけど)。
スポ根漫画とはいまいち言い切れないその作風はちょっと特殊なもので、努力は皆しているし汗はかいているのだけれど、作品から汗臭さはしない。不思議とキャラに感情移入をしがたく、俯瞰で見ているような気でずっと読んでいる。『ハチワンダイバー』の逆ですね。いい悪いではなく、そういう構成。
で、この河合先生。上記の通り、現在連載中のものも含めて三つの連載作品があるんですが、そこにはちょっと興味深い人間関係の構造があります。

先行二作品について。



解りやすく話をするために、まずは初の連載作品『帯をギュッとね!』(以下、帯ギュ)と、二作目の『モンキーターン』(以下、MT)を考えてみましょう。


帯ギュ」の主人公は粉川巧。熱くなりやすく、努力家。才能もある。強引ではないが我が道を行く性格で、本人にその気はなくとも周りの人間を引っ張るタイプ。
その彼女、近藤保奈美。立場上は正ヒロイン。おしとやかで運動神経はかなり低い。少し天然気味。時として天然ゆえの行動力を見せる。


「MT」の主人公は波多野憲二。かなりの直情径行。ゴーイングマイウェイな性格。けれどその行動力は、周りの人間を惹きつける。好きなことに努力は惜しまないが、努力家かと言うと少し違う気がする。才能あり。
その彼女、生方澄。立場上は正ヒロイン。気の強いところもあるが、基本物静か。運動神経は(たぶん)よくない。


こうして両作品のカップルを見てみると、その関係性はどちらも「強い男と弱い女」であると言えます。
男性主人公が最終的に強豪選手になるので、「強い男」になるのは当然の帰結ですが、正ヒロインは立場的にどちらも主人公を追う、あるいは待つ形になっており*1、なんというか、昔ながらの男と女、という形式です。
さらに、この正カップル(より狭義には、男性主人公)に片思いする異性として、「帯ギュ」では海老塚桜子*2、「MT」では青島優子*3がいます(付け加えれば、両主人公の巧と波多野、二人とも気が多い割には異性からの気持ちには鈍く、上記の二人以外にも異性から好意を持たれたりもするが、たいがいスルーしてしまっています)。


とまあ、これが両作品に共通する、正カップルを中心とする人間関係の構造です。
つまり、「強い男と弱い女」、プラスするところの「主人公への片思い」。

とめはねっ!」ではどうか。



では、この構造を、現在連載中の『とめはねっ!』に当てはめることが出来るのでしょうか。
とめはねっ!』の主人公は、帰国子女の鈴里高校一年生、大江縁。小学二年生の時からカナダで暮らしていたため書道の経験は皆無で、それどころか現地の学校に通っていたために日本語(文字)に触れる機会がほとんどなかったのだが、その唯一といってもいい機会である達筆の祖母からの手紙とその返信での筆記のために、硬筆は非常に上手い。当初はひょろひょろした力無い文字を書いていたのだが、先輩や教師、書家からをアドバイスもらい、当人の努力もあいまってめきめき上達する。正確は気弱で引っ込み思案。思考は冷静。望月に片思いしているけど、それはまだ口に出せないでいる。
正ヒロインは柔道部と掛け持ちしている鈴里高校一年、望月結希。字が下手なことにコンプレックスを抱いていて、字が少しでも上達するようにと(なんやかやはありつつも)書道部に入部する。柔道の腕前は、高校一年生にもかかわらず全国で準優勝をするほど。その運動神経のせいか、普通のサイズの書道より、身体全体を使う大きい文字を書くほうが得意。負けず嫌いの典型的体育会系気質。特に、素人にも関わらずめきめき上達する縁をライバル視するが、夏合宿が終わった時点では、別の高校の同じく高校から書道を始めた初心者女子をライバル視しだす。現在好きな人は居らず、縁の好意にも気づいていない。その容貌から異性から好かれるが、好意には鈍い。


現時点では、この主人公と正ヒロインの間には、ほとんどまともなカップル的要素はありません。完全に縁の片思いです。まあ四巻に入って、微妙に望月の心境に変化が出てきたようですが。


さらに、この二人の間に割って入ると目されている第一候補が、勅使河原亮。(形式的には)主人公たちのライバル校となる高校書道部の、唯一の男子書道部員。小学生の時から書道をやっていて、現段階で学生レベルではかなり上位の腕前を持つ。性格は社交的で、鈴里高校の人間からはよく縁と比較される。望月に好意を抱いているが、気づかれてはいない。
そして四巻ででてきたのが、宮田麻衣。上に書いた、望月がライバル視しだした鵠沼高校の初心者です。夏休みの短期アルバイトでたまたま縁が行ったのが彼女の実家のお蕎麦屋さん。そこで縁の意外な一面にときめいた彼女が、アプローチをかけ始めました。


これが「とめはねっ!」における、正カップルを中心とする人間関係の構造です。

さてその違いは。



前二作と今作の比較をしてなにがわかるかというと、カップル間の構造の性別を逆転させ、さらに語り部の視点も逆転しているということです。
今までは、男性が積極的に物語を引っ張り、そこに女性が付随していくという形でした。なにしろ、前二作品ともあくまで競技がメインであり、主人公がその主役だったのですから、控えめなヒロインはどうしてもストーリーの本筋から外れざるを得ません。競技と恋愛の両立を図るのにむかない構造と言うか、むしろ、競技をばしっと描くための人間関係の構造であると言える河合的物語構造ですが、従来のそれがそっくりひっくり返っているんです。
とめはねっ!』で物語を引っ張るのは、弱気ながらも高いポテンシャルを持つ縁ではなく、大文字に強いという特殊技能を持ち、積極的に事件(イベント)を起こそうとしている望月です。弱気な縁は、そんな望月の強さにもある種の憧憬を抱いています。
関係性のバランスで言えば、望月のほうが心理的にも学内での人間関係的にも立場が上なんですよね。望月に惹かれている勅使河原も、完全に片思いですし。
だから、これまでの河合的物語構造から言えば、『とめはねっ!』の実質的な主人公は望月結希なんだと思います。前二作の構造をそのまま用いれば、完全に望月視点で彼女を女主人公として話は進んだのでしょうが、あえてその構造を性別という軸でひっくり返すことで、以前なら正ヒロインとしての立場であった縁を主人公(語り部)に据えた視点で、物語が進んでいるんです。
そのために、前二作と異なり、主人公(縁)と正ヒロイン(望月)の作品内での立場が近くなれたのでしょう。
帯ギュ」では、保奈美は柔道部のマネージャーで、直接柔道には関わってこず、「MT」では、澄は幼馴染に過ぎず、やはり競艇の世界には関わってきません。ですが『とめはねっ!』では、主人公と正ヒロインはクラスメートであり、同じ書道部で机を並べて書に挑んでいます。

もうちょっと詳しく。



今までの河合的構造では、主人公がメインでヒロインは脇役という状況から抜け出せません。もし「とめはねっ」でも、以前までのキャラ付け、つまり、縁がイケイケで望月が控えめという設定であれば、相変わらず望月の影が薄かったはずです。もし単に性別を変えただけ、つまり、イケイケの女主人公と控えめな相手役だったとしたら、結局性別が変わっただけなので、今度は縁の影が薄くなるだけです。
なんとか主人公もヒロインも同程度にメインを張らせることはできないか。そう考えた結果としての、構造内の性別と同時に、語り部の逆転なのです。前作品で言えば、「控えめヒロインである澄の視点で物語が語られる」ということなのですが、それを想像してみればわかるとおり、それではまるで面白くない。だって、控えめな上にそもそも影が薄いんですから、根本的に物語の中で主人公と絡まないんです。それじゃあ話が進まない。だから、主人公とヒロインの物理的な距離を近づけて、ヒロインが常に物語(競技)に絡めるようにした。それが、以前の構造から見た「とめはねっ」なんです。
そしてそれが、実質的には望月が主人公で、縁がヒロインであるという意味なのです。

どんな効果が。



正ヒロインをないがしろにすることにかけては漫画界でかなりの上位に位置する河合先生ですから、この構造の変換は、恋愛という人間模様を描くには相当上手い手です。恋愛模様を描く(書く)時は、追われる側から描くよりも、追う側から描いたほうがその感情の推移を面白く描けるのというのは、かなり一般的に言えることなのでしょう。
今までは競技内での人間模様(勝負模様)を中心に描いてきたので、正ヒロインを脇におく構造をとっても問題なく済みましたが、今作では恋愛模様をある程度描きそうな雰囲気なので、今までの構造(「強い男と弱い女」、「ストーリーの本筋の外にいるヒロイン」)ではどうしても不具合が出てきてしまっていたはずです。それを、性別を軸に構造をひっくり返し、さらに語り部の役割をひっくり返すことで新たな視点を生み出したのですから、正にコペルニクス的転回と言えるでしょう。

蛇足。



ちょっと蛇足めいた話になりますが、「MT」の終盤での青島恋愛話は完全に不要であると私は思います。あれのせいで、作品の純度が薄れたとさえ思っています。
おそらく、河合先生の青島えこ贔屓から発生したあのエピソードですが、その代償として主人公の波多野ダメ人間さ、正ヒロイン澄の悲惨さ、ライバル洞口の性格の悪さがえぐいレベルでにじみ出ました。少年誌では引くレベルです。
前作の「帯ギュ」でそうであったように、従来の河合的物語構造には恋愛要素を入れる余地がとんでもなく少なかったんです。もともとイケイケの主人公をメインに見て、一歩引いた正ヒロインが物語(ストーリーの本筋)の外側の人間関係としているんですから、そこに無理矢理別の恋愛要素を入れた結果があの破綻です。青島が美味しいとこもっていっただけで、物語としては非常にバランスの悪いものになっています。端から澄以外の恋愛要素はコメディタッチで描かれていたんですから、あとからなんとか真面目な話にしようとしても、あまりにも遅きに失した形です。
「とめはねっ」では、四巻で縁サイドにも恋愛要素が持ち上がってきました。読んでいて(男性的な妄想が強い感じがあるものの)、恋愛要素を持て余す感じにはならなそうです。


漫画が決して上手いとは思えない河合先生なんですけど、妙に引き込まれるところの強い作品群。不思議な魅力です。








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*1:帯ギュ」では、保奈美は将来世界に出るであろう巧のために通訳を目指し、「MT」では、澄は短大を卒業後、家業の小料理屋を手伝っている

*2:保奈美の親友。おそらくかなり初期から巧に恋心を抱いていたが、一度も誰にも言うことなく高校を卒業し、その卒業パーティーで酔いつぶれ、帰り道に杉に負ぶわれながらぽろっとこぼしてしまう

*3:主人公と同期。途中から波多野のことが気になりだし、一度は両思いになるものの、結局は実らなかった