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Boichi作品集 HOTEL/Boichi/講談社

Boichi 作品集 HOTEL (モーニング KC)

Boichi 作品集 HOTEL (モーニング KC)

ヤンキンで「サンケンロック」を連載中のBoichi(ボウイチ)先生の、講談社からのSF短編集。まずはネタバレなしの各話概説。

HOTEL −SINCE A.D.2079−」
人類の環境破壊はついにリミットを越え、数百年後の人類の滅亡が確定する。生存を諦めた人間がしたことは二つ。人類のDNAと文明の記憶を保存した宇宙船「方舟」を、宇宙の彼方に向けて送り出したこと。そして、人類がなした罪を残すため、人類以外の動植物のDNAを保存したモニュメントを作ること。巨大な塔であるそのモニュメントは、いつしか「ホテル」と呼ばれるようになった……


「PRESENT」
かつての教師と教え子だった二人は結婚するが、妻は難病を患い長い昏睡についてしまった。治療の甲斐あって昏睡から目覚めた妻だが、それは余命三日の残りの人生の始まりでもあった。夫はその事実に苦悩して……


「全てはマグロのためだった」
乱獲のために、マグロが完全に絶滅してしまった地球。最後のマグロを食べた少年・汐崎潤は、かつて食べたあの味をなんとしても再び味わうべく、成長と共に研究にのめりこむ……



あと「Stephanos」と「Diadem」、そして書き下ろしのショートSFがあるんですが、それは割愛。個人的に面白かったのは、上の三つだったので。
画像もないとイメージがわかないと思いますので、一応はっつけときます

(同書 p11)

(同書 p97)

けっこうデフォルメの差が激しいですよね。

以下、ネタバレ上等の感想。収納します。
あ、そのまえに一言。上の三本は、どれもとても上等なストーリーで、珠玉の短編として仕上がっています。特に上二本は泣ける。むしろ泣いた。特に表題作。
てことで、表題作だけの感想です。他?余談余談。




この話の主人公は、「ホテル」のメインコンピューターである「ルイ」です。人ではありません。なにしろ数百年後には滅亡が確定してしまっている人類で、話の最後にはさらにそこから2700万年後です。もはや人類が追いつけるスケールではありません。
ルイを作ったのは安野二郎博士。ルイを管理し「ルイ」と名づけたのはキラ・ナイトリ。ルイは彼を「父さん」と呼び、彼女を「母さん」と呼んだ。ルイは、果てしなく長い年月に亘りDNAを守る。自己改良を重ね、自己修復を重ね、何百年、何千年、何万年、A.D.27034732まで、彼は独りで守り続ける。
独りのルイは、父さんと母さんのことをいつも思い出します。
お父さんは僕を誉めてくれるだろうか。
一つだけ命に背いた僕を責めるだろうか。
それとも許してくれるだろうか。
僕はお父さんとお母さんの期待に応えられるのだろうか。
独りで存在し続けるルイにとって、自分を支えるのは両親への思いだけなんです。「ホテル」の支配人として、客である動植物のDNAを全身全霊で守る。それは自分の使命でもあるし、自分を生み出し育ててくれた両親のためでもある。
あくまでコンピューターなので、ルイの外見(インターフェイス的な機能を負っている箇所)はポッドのようでしかありません。無理矢理人間と共通点を見つければ、レンズのモノアイだけです。ただそれが眼の役割を負っていると言う理由だけで。そして、まさに機械としての愚直さで支配人として、延々ホテルの管理を続けるのですが、むしろそれは機械ではなく、無垢な子どもの愚直さと言った方がいいのかもしれません。両親のことをただただ思って、自分の役割を全うしようとしているその姿は、彼が「死」の間際に見た幻影である、両親の前で泣く子どもの姿にダブるのです。
次第に彼の機能は衰え始め、思考ルーチンも低下しだします。父さんへの思いは乱れ始め、母さんへの思いは薄れ始める。そして、もう「死」を迎えようかというその瞬間、彼の目の前にやってきたのは、かつて宇宙へ飛び立った「方舟」に搭載されていた機械の子孫たち。結局「方舟」の計画も失敗してしまったので、地球の「ホテル」のDNAを復活させるために、残った機械たちは地球へ帰還を果たしたのです。
永年の自己修復のためにすっかり変貌してしまったルイの姿を見て、子孫たちはその苦労をねぎらい、讃え、DNAが残っていた奇跡に歓喜します。
ですが、そのときルイは怒るのです。「はしゃぐんじゃない!」と。

人間に…… ドキンス博士に 両親に託された任務を果たせなかったのに あまりはしゃがないでほしい

そして、DNAを保管してある「客室」にひっそりと忍ばせてあった、両親のDNA、彼の「弟」のDNAで、人間を復活させてほしいと、彼らに頼みます。

これで人間を…… 君たちの任務を完遂……してくれないか チェック……アウト……お……ねがい……します

最後の言葉を受けて、子孫は言う。

仰せのように 支配人

こうしてルイは、その長い人生を終えたのです。


号泣。
何がいいって、ルイが怒るところ。ある意味同胞とも言える機械たちと出会っても、それに喜ぶのではなく、役割を全うする前に壊れてしまうことを嘆く彼。そして、本来なら残すべきではなかった人間のDNA、つまり彼の「弟」のDNAをずっと隠し持っていたことに、彼はずっと罪悪感を感じていました。両親から与えられた使命と、両親のために残したい遺伝子。この二つの葛藤に引き裂かれながら、彼は使命を果たし続けてきたのです。それから解放される最後に彼が託したことは、人間を、世界を復活させること。支配人としての、最後の義務。


何度も言っていることですが、ルイは機械です。彼を彼として認識する時はポッドですし(さもなければ全長4720mのホテルそのもの)、語り部としての彼は、台詞のみの登場です。自己修復や自己改良の描写は彼自身を描いているといえば確かにそのとおりですが、それは感情移入をなさしめるような具体的ななにかではありません。しかしそれでも、読んだ私は支配人たるルイに感情を投影して、号泣したのです。
具体的な対象がなくても感情移入をなさしめる。これは結構凄いことなんじゃないかと思います。
あとこの涙は、悲しいとか嬉しいとかじゃなくて、使命に殉じた人間としての誇りのために流れた涙なんだと思います。機械なのに。むしろ機械だからこその永遠ともいえる時ではあるんですが、それと「人間」らしさがあいまっての感動です。


正直「サンケンロック」は読む気になれないんですが、この手のSFが描かれたら、また飛びつこうと思います。これは良かった。
あと、意外にデフォルメがかわいいですよね。「マグロ」ではコメディテイストが強いこともあって、デフォルメが多用されていますが、他の絵とのギャップもあって、かなり好き。








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