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「モダンタイムス」を読み終えたので、改めて伊坂幸太郎の面白さを考えてみる(ネタバレなし)

モダンタイムス (Morning NOVELS)

モダンタイムス (Morning NOVELS)

渡辺拓海は、家に帰るなり男に拘束され、問いかけられる。
「勇気はあるか?」

検索から監視が始まる、数十年後の世界。
好奇心から謎のプログラムに首を突っ込んだSE渡辺拓海は、否応なくシステムの歯車に巻き込まれていく……


伊坂幸太郎氏、最新刊です。
講談社の漫画雑誌「モーニング」誌上で、一年以上に亘って連載された長編小説。
舞台は「魔王」の数十年後、執筆時期は「ゴールデンスランバー」と同時なので、両方を読んである方が楽しめると思います。特に前者。

本作は普通の単行本の体裁である通常版と、モーニング連載中にカットを描いていた花沢健吾先生の挿絵つき(あと、おそらく本誌連載の形式にあわせてだと思うのですが、二段組になっていました)の特別版があるんですが、あえての通常版を買いました。
この手の販売方法をされた場合、値段に関わらず特別版を買うのが私の常なんですが、伊坂氏の作品を読むのに、事前、あるいは同時に具体的な人物絵を見たくなかったので、挿絵なしの通常版を購入です。
読み終わってから特別版を書店でちょろっと読んでみたんですが、まあ正解だったかなと。絵なしで読了してから挿絵を見てみたら、ちょっと私のイメージとは違いましたね。


で、読み終わった興奮も醒めやらぬけどほどよく落ち着き始めているところで、改めて伊坂氏の文章について考えてみたいと思うのですよ。
過去にも幾度か書いてはいますが(参考;文章の手ざわり - ポンコツ山田.comスリーピースの欠片たち 実験4号/伊坂幸太郎・山下敦弘 - ポンコツ山田.com)、それらとはまた少し違った言葉でもって書いてみたいと思います。


まず、今までずっと探し続けてきた、伊坂氏の文体を端的に表しうる言葉ですが、これもまだ十全とは程遠い言葉ではあるんですが、「ケミカル」ってのはどうでしょうか。「コミカル」じゃないです。「ケミカル」です。
「化学的」と言ってしまうとニュアンスが変わってしまうんですが、この「ケミカル」には、「非自然」とか、「人工的」のような意味を私は込めています。
意外と私のイメージに近いのは、「ねるねる○るね」のような、子供向けのいかにもケミカルなお菓子で、自然にはありえない(つまり「非」自然)、誰かが「こうしたら喜ぶんじゃないか」と考えを強く働かせている商品です。

特に大事なのは後半で、「こうしたら受け手が楽しめるんじゃないか」という考えのベクトルが、伊坂氏は他の小説家に比べて異質な感を受けるのです。
その文体の異質さというのは、上でも挙げた、文章の手ざわり の記事もちょっと読んで欲しいのですが、「乾いた」感じ、「湿り気のない」感じなんですよ。
感覚としてそれは、生物からは普通感じることのない印象です。水分を持たない生物など(たぶん)存在せず、逆に言えば、そのような感覚を与える存在からは非自然さを受け取りうると思うのです。つまり、「ケミカル」。

この非自然さは、一般的な人間ならこうするのが普通であろうという、文章を書く上での本然を、伊坂氏が強く抑えこんで文章を書いているような印象からも、同時に感じ取れます。
もちろん小説家なら誰しも、本能で書くばかりではなく、何度も推敲を重ね、わかりづらい箇所は補強し、削るべきところは削り、ありきたりな表現には捻りを加えて、読み手を何とか楽しませよう、なにか伝えようとと日夜頭を必死に絞り続けているものだと思います。その意味で、一般的な人間の本然と小説家のそれが異なるのは当然ですが、伊坂氏の場合は、一段深いレベルで違っているような感じがあります。

私自身、その具体的な点にいまだ確信がないのですが、仮説の一つとして、伊坂氏の文章は一文が比較的短い、というものが挙げられる気がします。また、読点が多く、そして、「モダンタイムス」の中でもちらりと書かれていることに関連して、体言止めの少なさです。
文章のまとまりが短いのに、体言止めが少ない。このような文章からどのような効果が出るかといえば、他では見られない特殊なリズムの発生です。そう、伊坂氏の文章は、奇妙にリズミカルなんです。

さきほど書いた「文章を書く上の本然」の違いがこれで、普通の文章(含、一般的な小説家)が書かれる時の本然は「流れるよう」な印象なんですが、伊坂氏がそれを抑え込んで(あるいはそもそもそういう本然を所持していて)書く文章は、カタカタと「ステップを踏むよう」なんです。それは、伊坂氏の「リズミカル」と対比させれば普通の人は「メロディアス」と言えるでしょうか。

この特殊なリズミカルさが、まずストーリーメーカーとして出色の存在である伊坂氏の物語を、ストーリーテラーとしても興味深いものにしているのかもしれません。
特に難しい言葉を使うでもなく、平易で簡素な、いっそ素っ気無いとさえ言ってもいいような言葉遣いで進められる文章は、幅広い年齢層に支持されうるとともに、読んだ人間を不思議なリズムにいざなうのです。この非自然さは、かなり特筆すべきものだと思います。



今日は文章の印象論に終始してしまいましたが、また後日、「リアリティ」という観点からも考えてみたいと思います。




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