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「サナギさん」に見る、タカシくんのツッコミの変遷

サナギさん 6 (少年チャンピオン・コミックス)

サナギさん 6 (少年チャンピオン・コミックス)

多士済々なキャラで紙面を賑わしていた「サナギさん」ですが、その分早々に忘れ去られるキャラも多くいました。
霊感もちの吉沢さんとか、ほのめかし屋のハヤムラくんとか、序盤に出てきてそれっきりだったりしますが、それでもしっかりとレギュラーを勝ち取ったキャラたちもいます。踏み屋のマナミさん、考えすぎのハルナさん、絵本作家のタマゴのモリカワさん、そして、ネガティブサダハルくんとイライラタカシくんです。

ネガティブなサダハルくんにいつもイライラするタカシくん、おかげでしょっちゅうバイオレンスな関係になるこの二人ですが、それでもいつも一緒にいる友だち同士。ほんわか天然と醒め天然の女の子主人公、サナギさんフユちゃんコンビの裏側のような位置づけになれたおかげで、ここまで残れたと言ってもいいかもしれません。

まさに凸凹コンビな二人ですが、この二人の距離感て好きなんですよね。
イライラしても、殴られても、結局はしょっちゅう一緒にいるという腐れ縁的な感じに、「ああ、きっと二人はこれから先もダラダラ一緒にいるんだろうな」と思わずには入られません。

最終巻のこのコマがなぜかすごく好きでした。
サナギさん 6 p45 「スポーツ.6」)
なんか、この関係こそが、普段マンガでは描かれてないないけど、この二人の一番よくある姿なんじゃないかなと思っちゃいます。
ネガティブに色々考えてタカシくんをいらつかせるはするけど、タカシくんはその想像力が結局は好きで、殴っちゃったりもするけど一緒にいる。みたいなねぇ。


で、毎回のように登場するタカシ・サダハルコンビですが、最終巻になってそのバイオレンスツッコミにちょっとバリエーションが増えた気がするのです。
まずは基本パターン。
サナギさん 5 p116 「ハロウィン6」)
タカシくんが小突いて、サダハルくんがよろけている最中。これが今までの二人のツッコミの形態でした。

ですが、最終巻ではそれとは異なるパターンが。
サナギさん 6 p71 「パン.7」)
タカシくんが突っ込んで、サダハルくんは動作を取り終わって地面に臥している。
このように、突っ込まれたサダハルくんが、倒れる途中でなく、もう倒れきっている、という描写が出てきたのです。

他の例を挙げてみましょう。
(同書 p53 「春.5」)
こういう感じですね。

また、その新旧パターンが並列されているものもありました。

(同書 p107 「一発芸.6」「一発芸.7」)
です。

たいしたことのない違いに思えるかもしれませんが、おそらく「酢めし疑獄」の時から考えてもこのようなパターンのツッコミは見られなかったので、なんだか引っかかったのです。

この違いでどんな差が出てくるかといえば、以前の記事(参考;「SLAM DUNK」に見る、無音の緊張感 - ポンコツ山田.com)でも書いたように、切り取ったコマの中で流れている時間です。
旧パターンのように、ツッコマれて倒れようとしているサダハルくんと、拳と一緒に台詞でツッコんでいるタカシくんだと、そのコマの中で流れている時間がけっこう忙しないんですよね。

まずふっとんでいるサダハルくんですが、これは物体が引力にひかれて地球上に落下しようとしている瞬間を切り取ったわけで、このコマの中の彼は、真実「一瞬」の彼にならざるを得ない。残像等がなく、空中に静止しているような描写なワケですから、動作の途中を完全に一瞬だけ切り取られていると解釈するしかありません。
ですがタカシくんは台詞を発しているんです。以前述べたように、台詞を実際に発するということは、その分だけ時間が流れているということを意味しますから、このときのタカシくんは一瞬を切り取られたとは言いがたい。少なくとも、その台詞を言った分の時間がコマの中に込められているはずです。

この無時間的な存在と有時間的存在を同一コマで認識するために、読み手内部にはその時間間隔のすり合わせが行われます。すり合わせといっても、基本的には有時間存在のほうが歩み寄るしかありません。無時間存在の時間間隔はあくまで無であり、無を引き伸ばすくらいだったら、有を縮めるほうがいくらか楽ですから。
というわけで、この旧パターンのツッコミは、読み手にとってある種の解釈を強いるものであり、忙しなく、そして少し重くも感じられるのです。

ですが新パターンの場合、既にサダハルくんは地面に臥しているのであり、このときの彼の描写に時間的な負荷はありません。一瞬先には今の位置より下(状況によっては上)にいなくてはならない空中とは違い、地面に転がっている分には、いくら転がっていても物理法則から文句が出ることはないのです(道交法から文句は出るでしょうが)。言ってみれば、このときサダハルくんは無時間的存在から解放されたのです。
ですから、倒れているサダハルくんに向かってタカシくんが台詞を発していても、その時間の流れに負荷はかかりません。二人を同時に世界から切り取ってコマにし、その台詞を言う分だけの時間をこめたとしても、その台詞どおりの時間が流れることになんら不自由はないのです。
このため、新パターンのコマには、認識に余計な解釈を強いる必要がないので、ある意味で「軽く」読めるのです。


思ったよりも記事が長くなってしまいました。
最後に白状しておくと、今私の手元には「サナギさん」1〜4巻がないので、もしかしたらその巻の中には既に新パターンのツッコミが存在していたかも知れません。五巻には一度もなく、私自身読んでいて初めてひっかかった感じなので、たぶん最終巻で初めてだと思うのですが、まあ既出だったらその辺はご寛恕願いたいところです。




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