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G戦場ヘブンズドア/日本橋ヨヲコ/小学館

G戦場ヘヴンズドア 3集 (IKKI COMICS)

G戦場ヘヴンズドア 3集 (IKKI COMICS)

漫画家の父に憧憬と劣等感を覚える堺田町蔵と、その漫画家に憧れる鉄男。必然のように出会った二人は、協力して漫画を描くことに……


間違いなく私史に燦然と輝く作品の一つ。漫画・小説・人文書問わずベスト5を挙げろといわれても必ずランクインします。

日本橋ヨヲコ先生が、ついに物語の命を全うさせたということで、日本橋先生史にもメルクマールとして残るであろう作品だと思います。
全三巻、18話と、決してボリュームのある作品ではありませんが、その密度はハンパではありません。以前の「少女ファイト」の記事でも書きましたが(参考;「少女ファイト」に見る、「子供」、「少女」、そして「乙女」への成長 - ポンコツ山田.com)、日本橋先生の描く表情は、その眉毛のわずかなカーブの違い、目じりの上がり下がり、口角の差などで、極めて繊細な感情を現しています。高次元で行使される表情(=絵)による表現は、作中にも出てくる「誰にでもわかるように作るのが一番難しい」をクリアする一つの手段であるはずです。
日本橋先生の絵はデフォルメの効いた漫画絵ではありますが、その繊細な描き分けにより漫画的絵画表現の一つの極、一つの臨界点に達していて、それとは逆にデフォルメをほとんど排除した、極めて理想に近い現実的な絵を「バガボンド」によって達成しようとしている井上雄彦先生と、次元の高低で言えば遜色ないと思います。


この作品の「物語」性は、主人公・町蔵の行動、言動、心理推移を丁寧に丁寧に、執拗なまでに丁寧に描いているところから発生します。そのくどいまでの丁寧さが鼻につかないのは、前述した表情による高次元の感情表現の賜物ですが、まるで自分が町蔵自身であるかのようにすら感じてしまうほどの精緻なキャラ在り様は、この作品が町蔵の「物語」であることを如実に物語っています。
そう、一見すると町蔵と鉄男の二人が主人公のように思えますが、この作品の主人公は、町蔵ただ一人なのです。極言してしまえば、町蔵以外の描写は全て、町蔵がそれらを受けてどう考えどう行動するかを解りやすく描くために存在しているのです。

もはや、この作品がどのような内容なのか、私が語ることはおこがましくすらあります。この作品が語る「物語」は、作品そのものを読むことでしか理解することは出来ないのです。
それは、「物語」の精密さに由来するものであり、この精密さが上がれば上がるほど、「物語」を他の媒介により解釈しなおすことが難しくなるのです。
私がここで、町蔵について万言を費やして説明しようと試みても、それは私の理解した「G戦場ヘブンズドア」に他ならず、その解釈には私の今までの人生で染み付いてきたバイアスが強くかかっており、作品そのものである「物語」を正確に詳述することは不可能なのです。そして私自身、どんな言葉を使えばこの「物語」を毀損せずに伝えられるのか、考えれば考えるほど自縄自縛に陥り、結局言語不能の状態に陥ってしまいます。だから、私ができることは、この「物語」を再構築できるなどとは迂闊に考えないように自嘲するよう心がけるくらいなのです。

この作品には挫折があります。諦念があります。それでも捨てきれない、もはや前向きということすら出来ない思いがあります。生もあれば死もあり、性もあれば師もあります。
一人の人間の絶望と切望を、堺田町蔵という存在のフィルターを通して描いた「物語」なのです。
とにかく一度読んでください。震える魂、剥きだしの心、一つの荒ぶるまでに丁寧な「物語」をあななりに読み取ってほしいと思います。





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