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「不安の種」の怖さの理由

不安の種 (1) (ACW champion)

不安の種 (1) (ACW champion)

不安の種+ 1 (少年チャンピオン・コミックス)

不安の種+ 1 (少年チャンピオン・コミックス)

少年チャンピオンで連載中の短編ホラー漫画です。


最近めっきり少なくなった感のある純粋なホラー漫画。
記憶にあるものだと、高橋葉介先生の『学校階段』や、亜樹直・ひきた美幸両先生の『学校の怖い噂』。光原伸先生の『アウターゾーン』はお色気やコメディの匂いがあったので、純粋なホラー漫画とはちょっと違う気もします。

で、この漫画ですけど、短いもので3ページ、長いものでも8ページと、本当に短編です。
このページ数の少なさが編集者サイドの要請なのか、作者の意図なのかわかりませんが、その短さを十二分に生かした怖さがこの漫画にはあります。
その怖さとは、登場人物が恐怖する現象の理由のなさです。


漫画でも小説でも映画でもドラマでも、ストーリーを作るときは起承転結を意識するのが普通です。
物語の前提があって、物語が進んで、事件があって、事件が解決、あるいは一層深まっていく。
大雑把に一般的な物語を四分割すれば、このような形式になります。
もちろんこのような形式にそぐわない作品も多くありますが、それらにしても、起承転結を裏切るという形で、起承転結を意識していることが殆どです。
例えばページ数の少ない漫画でも、『みなみけ』や『貧乏姉妹物語』、あるいは一般的な4コマ漫画のように、主要な登場人物が固定されていて、漫画の中の舞台がある程度一定であれば、ページ数が少なくとも起承転結を作ることはさほど難しくありません。なぜなら、登場する場面に一貫性がある以上、最低限の起承転結の「起」は物語を始めた段階で確保されているからです。

ですが、この漫画のように一話毎に登場人物もその舞台も変わっては(稀に連続性のある話もありますが)、その最低限の「起」を確保することすらできず、その回毎にいちいち「起」を説明するのはひどく煩雑な上に、そこで限られた紙面を使わざるを得ないことは、ストーリーの展開とページ数の兼ね合いを考えると致命的なことです。

そこでこの漫画が用いている手法は、話の「起」を描かないことです。
説明するスペースがないなら説明しなければいい。
そんなコロンブスのタマゴのような発想のもと、この短い話は描かれます。
さらに言えば、描かないのは「起」だけでなく、「結」を描かないこともままあります。
つまり「承」「転」で話が終わることが多いのです。
これがどのように描かれるのか大雑把に説明してみましょう。

登場人物がふとした日常の中の出来事に遭遇する。それは立ち上る煙を見ることだったり、通行人を追い越すことだったり、本当に些細なこと。でも、それは些細な日常の出来事のはずなのに、そこから非日常的な恐ろしい出来事につながっていく。それに遭遇した登場人物は、恐怖に戦く……

こんな感じです。
ここに「起」がないというのは、この登場人物は何の説明もない(描かれたままの情報しかない)存在だということです。その事件に関わる必然性(誰かの恨みをかっていたとか、前世で悪いことをしていたとか)は一切明示されず、たまたまそこにいたから、それを見たから事件に遭遇したとしか描かれていないのです。
ここに「結」がないというのは、この登場人物が遭遇した事件にその後が描かれていないということです。つまり、事件は起きっ放しでありその後その人がどうなったとか、その場所がどうなったかとかの後日談がないのです。

これがなぜ怖いのかというと、「起」と「結」の不在(特に前者)は、その登場人物の固有性を剥奪し、誰でもない誰か、誰でもありうる誰かという形で登場人物を存在させるからです。
誰でもない誰か、誰でもありうる誰かだということは、自分でもありうるということ。
存在しない結末は、因果の説明を一切してくれないということ。
つまり、因果のわからない不可解なことは、誰に起こってもおかしくないのであり、その誰かが自分にならない保障はどこにもないのです。
これはそのまま、作中に自身を投影しやすいということであり、ホラー漫画で読者を作中に投影させるよう仕向けることができれば、それは完全に大成功でしょう。


また、この漫画の怖さを引き立てる視覚的な要因として、歪な異形たちの造型が挙げられるでしょう。
単純に怪物や幽霊、妖怪のような形をしているのではなく、人間に近い形をしているのだけれど、手足が不自然に長かったり、目が左右で全く違う形状をしていたり、ねじれた粘土細工のように身体が歪んでいたり。そんな我々人間の延長線上からちょっと外れた造型が、恐怖感と嫌悪感を掻きたてるのです。

上の一巻の表紙は「おちょなんさん」という存在の顔の絵です。
目は左右で大きさが違い、僅かに見える黒目もあさっての方向を向いている。口の間から覗く歯。しかも、目も歯も縦になって顔に張り付いているし、パーツとしてのバランスも崩れている。それはまるでできの悪い福笑いのよう。
芸術的なまでに不安な感情を掻き立てる造型でしょう。子供が見たら、三日は夜トイレにいけないレベル。
こんな造型の異形たちが、一話一話でてきます。個人的にもっとも怖いのは一巻#8「選択?」の人形(?)。僅か五コマの登場で、すさまじいまでの存在感を放っています。何度見ても、背筋に寒気が走る。



この漫画の舞台は、家の中、道端、学校、会社などなど、まさに日常です。
どこにでもある日常に前触れもなく起きる不可解なことは、もしかしたら自分にも起きることなのではないか。
そんな、まさしく「不安の種」を読者の心に植えつける、極上のホラー漫画です。








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