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漫画の話です。

美味しいお菓子を読みたいなら「西洋骨董洋菓子店」

新しくケーキ屋を始めた橘のもとに天才パティシエとしてやってきたのは、高校の卒業式に橘に告白してこっぴどく振られた過去を持つ男、小野。そして、パティシエ見習いとして、網膜剥離のためボクシングを諦めなければいけなかった甘いもの大好きの元天才ボクサー、神田。
そんな三人で経営するケーキ屋さん”Antique”には、今日もお客さんがやってくる……


同じくよしながふみ先生の作品。やっぱり登場する洋菓子がとてつもなく美味しそう。
上の作品に比べてお菓子の説明がとても詳しくされますが、それは専門性の高い(日本人にあまり馴染みのない)お菓子を登場させるに当たって当然の要請でしょう。その説明も、非常に説明口調で、専門用語を交えながら立て板に水でペラペラとなされる。そういう風言われると食欲がわかないと思われるだろうが、あにはからんや、なぜかとっても美味しそう。その説明を聞くだけで生唾を飲み込んでしまう。


ためしに一例を引けば


『ショコラ・オランジュ/オレンジジュースとリキュールを/たっぷり染ませたスポンジで/ほろ苦いチョコレートを/くるみました』
『それに/せつなくなる程/酸っぱいレモンクリームを/サブレ生地で包んだ/タルト・シトロン』
(一巻 84pより 「/」はフキダシ内での改行を表す)


『オレンジジュースとリキュールをたっぷり染ませたスポンジでほろ苦いチョコレートを』だよ?
『せつなくなる程酸っぱいレモンクリーム』だよ?
想像して生唾飲むって。


別に、お菓子で人の人生や生き様を変えてしまおうなどという話は出てきません。お菓子が好きな人が美味しいお菓子を食べて喜ぶお話です。
それに加えて、ゲイの小野や橘の過去の話を軸に据えてストーリーは展開されます。
この男三人は、皆過去に何がしかの痛みを抱えているので、ふとしたときにその痛みが今を襲うのです。その痛みをどう宥めすかして今後も付き合っていくのかというのが話の流れでしょうか。


前述の作品に比べて、ゲイ描写が強くなります。半裸で抱き合う男性二人とか、キスしあう男性二人とか、雨の中でくるくる踊る男性二人とか、まだまだ一般理解は難しい描写はちょろりとでてきます。ま、生理的に毛嫌いするレベルじゃなければ大丈夫だと思いますけど。


前述の漫画と併せてですが、このよしながふみ先生の特徴として、ゲイの登場頻度もさることながら、女性向け漫画っぽくないコマ割です。
特に少女漫画で顕著ですが、女性向け漫画では、普通の四角形のコマが多い男性向け漫画に比べて、台形などの90度にならない角がある四角形のコマや、他のコマの上に重なるコマ、あるいはコマとして枠で断ち切られていないコマ、枠線のないコマが多く見られます。このコマに対する自由度の高さは、女性向け漫画の大きな特徴といえるでしょう。これは、輻輳する時間の流れや、たゆたう心理描写を表現するのに用いられる手法で(そこらへんは夏目房之介氏の解説に詳しいですが)、それが人間関係を多く扱う女性向け漫画に見られるのは当然の帰結といえるでしょう。
ですが、よしなが先生のコマ割は、非常に男性向け漫画的です。というか、(男性向け漫画を多く読む私の意見として)とても普通なコマ割なのです。
それは決して、先生の作品群が心理描写に劣っているということではありません。単に、普通のコマ割でも高度に構成を練り上げられれば、十分心理推移を活写できるということでしょう。
とまれ、そんなコマ割だから、「女性向けの漫画は読みづらい」「どういう順番で読めばいいのかわからない」と思っている人も問題なくとっつけると思います。


ちなみに、来々期ノイタミナ枠でのアニメ化が決定してます。ゲイ性をどこまで出すのかは解らないけど、アニメ映えしそうな作品だと思います。


お菓子好きな人にはたまらん作品です。そして、ダイエット中の人には決して見せてはいけない作品です。